上手く紡げない言葉にキスを。
己が名を叫ばれる。居もしない筈の人だと分かっているのに、身体がびくっと揺れるのを自分でも感じる。それが示すのは歓喜だろう。
「骸!!」
僕は何時から白昼夢も見るようになったのだろうか。なんと弱くなったのか、僕は他人を惑わす事を代償にこの世界に巣食っているのに、と思うものの、夢に騙されるのもたまにはいいかと後ろを見た。
「やっぱり骸なんだな!!」
そこに居たのは存在する筈のない、死んだ筈の綱吉君だった。
「どうして君が……?」
何時も僕が見ていた綱吉くんより幾ばくか小さいものの彼だ。丁度僕と君が会った時くらいの、幼い体躯に大きな瞳、そのまんま。
打倒ミルフィオーレと意気込んでいる崩壊寸前のボンゴレに加勢してくれと頼まれて、嫌々来たのだが、彼を見た途端に戦って勝つのも一興かもしれないと思う僕は俗物かもしれない。
「なんか、こっちに来ちゃった……みたいなんだけど。骸が居てよかった」
にはっと、太陽みたいに微笑まれる。こちらも少し嗤うのだが薄ら笑いのように見えるだろう、誰かを堕とす時に使う笑みしか浮かべられない僕は、十年経っても未だ不釣り合いで彼の隣には並べないのかもしれないと、ない胸が痛んでならなかった。
「そうですか、それはよかったです」
くふふといつものように嗤いながら彼の顔をじ、と眺めるとまるで星屑のように輝いて見えた。
「骸は髪の毛伸びたね」
上を向きながら肩にかかり重力に従って落ちている僕の髪を、それはもう楽しいと言わんばかりに撫で撫でと弄り倒される。
「ここ数年殆ど切ってないですからねぇ……。あ、そうだ。久しぶりに話がしたいんで付いてきてくれますか?」
下を向き相手の頭の重力に逆らった髪を撫でれば、優しく首を振ってくれたので彼の手を握り自室へと歩く。
小さくて女の子の様なこの手に、僕らの明暗が抱かれるのだ。なんて残酷な運命なのだろうか、何も知らないのに戦いに巻き込まれるなど。
広大なる地下を利用して作られたボンゴレのアジト。その中でも十年後の彼に頼んで手に入れた一番地下の端っこの部屋を、無造作に足蹴して二人で入った後にドアを優しく閉める。
昔住んでいた廃墟は連想をしないものの基調としている羽のような白はどことなく病院を想像させる、そんな環境が幸せだった。
家具も調度品も全て白で揃え、己が服は黒一色。モノクロで十年前の住居としていたレジャーランドとはまた違う寂しさが溢れている。そんな空間に色鮮やかな彼が入ると、ぴりとした空気が幾ばくかは柔らかく優しい感じとなった。
「そこのソファに座っていてください」
お茶を淹れてきますから、と言ってから備え付けの小さな流し台に行き、アールグレイの紅茶を作る。淡く柄が施されたティーポットから零れる上品な香りに満足気に頷き、茶葉があった棚から茶菓子とお盆を取り出し、その上に一式を置いて彼が座っているソファの横に設置してあるサイドテーブルに置いて、自分もソファに座る。
「どうぞ、綱吉くん。甘いのが好きなら砂糖とかミルクを持ってきますが」
「あ、ストレートでいいよ。ありがとう、骸」
カップを取って一口飲むと熱いからか苦いのか、さっと口から離す。どちらなのかと思っていれば熱かったらしく息を吹きかけていて、掛ける度に広がる波紋がまるであやふやな未来を示しているかのように見えてならなかった。
「熱かったですか?」
「……美味しいよ?」
さっきからの地道なる努力のお陰で幾ばくか冷めたらしい紅茶を上品に燕下した姿を確認した後に、訊いた問いとまるっきり違う答えが、しかも質問系で帰ってきてしまったものだから、予想していなくてなにを切り出していいのかわからなくなり、一瞬固まれば骸? と問いかけれてはっ、と我に返った。
「…………しかし君はこんな状況なのに落ち着いていますねぇ……」
話をどう続けていいかわからずに、無理矢理に話をずらした。
不具合で飛ばされた十年後は親しかった人々が消息不明になっていて、自分達は無力で助ける事も出来ず、地下に逃げるように生活をする。彼が描いていた未来はきらきらと、それこそ星屑のように輝いていた事だっただろうから、絶望の縁に立たされてパニックを起こすだろうと思うのに、どもりもせずに僕が知っている過去の彼とは違う眼をしていた。
「そうかな? だって俺、内心は凄く恐いんだ…………」
「大丈夫、君ならどうにでも出来ますよ」
頭を撫でてやれば気持ちよさそうに目を閉じていた。まるで一に慣れた猫のようだ。
「骸も落ち着いているね」
「いや、僕は違いますよ。自分の事がわからないだけなんです。だから今、君が見ている 表情に見合う心しているかと問われれば違うんです」
幼い時から実験材料として身体を酷使された経験があるからか、物事に対して素直に対応出来ないだけである。
「骸は悲愴になりそうな顔だけど俺に微笑んでくれる、それだけで十分だよ。それにとっても綺麗だ」
無垢そのものの笑みを浮かべながら、彼はソファに投げ出された僕の手に触れる。
「ありがとうございます」
きっと僕は、この言葉を待っていたのだろう。その一言で身体中安堵するような錯覚を覚える。
「お礼なんて言われる程の事なんて言ってないよ」
「そんな事ありませんよ?」
だって僕は君が大好きですから。
悪戯のように囁くとぱ、と顔には朱が交じり明後日の方向を見つめる。
「え?」
彼に触られていた手をこちらで握り返し、口許に近付け手の甲に口付けを落とす。
「嗚呼、すみません。びっくりさせてしまいましたか?」
「いや、その……別に」
あたふたと視線を右に投げ、左に投げとする彼が愛しくて優しく抱きつく。
「君は……」
「ん?」
「今も昔も暖かいです」
顔を横に向かせて彼の唇を舐める。
「えっ?」「、なんでもないです」
抗議を言おうと開かれたその熟れかけ果実のような唇を啄むかのように口付ける。
「…………、」
淡くなる呼吸などなんのその、唇同士が触れ合うこの時間は何にも勝る甘美な一時。
「む……くろ?」
「綱吉君、つい最近十年前の僕が言いかけたのに何も言わなかった時があったでしょう?」
星も恥じらって姿を消してしまいそうなまでに輝かしい緋と碧の瞳がじ、と俺に向き、まるで金縛りにあったかのように動きが固まる。
しかし固まったままでもいけないし、質問に答えなければと、フリーズしていた脳を解 凍してずけずけとした物言いの骸が言い澱んだ時の記憶を探し始める。
「嗚呼、だから君は苦手なんです。あの時だって僕が敵だったのに、…………なんでもないです、それよりも僕は君を………………、やっぱり言うのやめます」
そう、と頷いてからふと上を向くと悪戯が成功したかのような意地悪な笑み。
「でしょう?」
十年前でも大人びていた彼だが、今は雄々しさと優美さが足されて余計に麗人へと近付いた骸は、その美麗さを一層際立てるような微笑みを俺に向ける。
「うん、そうだけど。どうして覚えているの?」
「さぁ、なんででしょうね?」
骸は曖昧に誤魔化したと思えば、俺の額に唇をつけていた。
作品名:上手く紡げない言葉にキスを。 作家名:榛☻荊