走る
試合でもなく練習でもなく逃走でもなく走っている。
走って走って走って。
理由なんて途中で吹っ飛ぶほど。
商店街を走って駅前を走って住宅街を駆け抜けて、河原の横道をひたすらに走って
そして、半田さんに肩を掴まれつんのめるようにしてようやく俺は足を止めた。
「な……なんっ……です、か……」
荒い息に混じって切れ切れになる言葉。
普段練習でするよりも遥かに速いスピードで長いこと走っていたせいでなかなか呼吸が整わない。
俺よりも息を切らしている半田さんは肩に片手を置いたまましばらく下を向いていたが米神から流れる汗を振り切るように顔を上げ「少し、歩こう」と言った。
確かに走った後に急に止まるのは身体に良くない。らしい。
半田さんの言うことは俺の質問に対する答えにはなってなかったけれど、それもそうだと頷いて、今度はゆっくりと足を踏み出した。
走る
「お前が走ってるのが見えたから」
だから追い掛けたのだと半田さんは言った。
その余りにもシンプルな答えに「はあ」と間抜けな声が口をつく。
それだけですか。と聞けばそれだけだ。と返される。
これ以上言う言葉が見つからなくて、もう一度俺は「はあ」と溜息と声の狭間にある発音で声帯を震わせた。
「……狩猟本能って、あるじゃん」
「はあ」
流石に三度目ともなると許されず頭をぺしんと叩かれた。
真面目に聞こう。
「宍戸が走ってたじゃんか」
「はい」
「見つけたら、あ、宍戸だ。って思うじゃん」
「はい」
「そんで、追っかけようって思って」
「えー……はい」
「で、今捕まえた。って感じ」
「……」
別に真面目に聞かなくてもよかったなあ。
ふっと顔に影が落ちる。河原道の高架下。轟轟と響く車の音がじめっとした空気に反響する。
「捕まった獲物は喰われるんだぜ?」
唐突に腕を掴まれ、ぐっと引き寄せられる。
走りっぱなしでもうがくがくになっていた脚はたやすくバランスを崩して半田さんの方に覆いかぶさるようになだれ込む。
もちろん、半田さんの脚も限界間近。俺の方が身長も体重もあるのに支えられるわけもなく、車の行き交う音が響く高架下で二人揃って倒れ込んだ。
「あいたたた……失敗した……」
「いっつぅ……半田さぁん、追っかけてきたり捕まえたり、一体何がしたいんですかぁ……」
「なにって――キスだよ」
ちゅ、と唇にひとつ。
「それだけ、ですか」
「それだけだよ」
立ちあがって、ジャージに付いた汚れを払う。
座ったままの半田さんを目の前にぐっと一度伸びをして、そして俺はまた走り出す。
今度は後ろからまた肩を掴まれ捕らえられるという、明確な目的と理由を持って。