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あめ

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あまり器用ではない家主の少女に代わって食事を用意する事は青年の日常となっていた。
その日もいつものように夕餉の食材を買いに出ていた。

献立を考えながら歩いていた剣心は、幾つも並んだ店の一つに足をとめた。いつもは通り過ぎる、青年とはあまり縁のない店なのだが、その日は何故だか吸い寄せられるようにふらりと立ち止まっていた。
「兄さん、どうだい一つ。」
興味深そうに店の品物をじっと見つめる剣心に、愛嬌の良い店主の声がかかる。
はっと我に返った青年は困ったように笑った。
「いや、拙者は…」
「これなんか味もいいし、見かけも可愛いだろ?女子供に人気でさァ」
畳み掛けるような男の声に辟易しながら、断る事も出来ず考え込む。
「よし、分かった!んならコレもオマケに付けらぁ」
そう言って、彼は小洒落た瓶に詰められた飴菓子と、同じものを詰めた二回りほど小さい小瓶とを差し出す。
どう断ろうか考えていた筈が、思わず受け取ってしまった。こうなるともう引くに引けない。
「………どうも…」
消え入りそうな青年の声音とは対照的に、ニッカリと白い歯を見せて店主は笑った。
「毎度!」




「で……、何故俺の所にそんな物を持参するんだ?」
渋々ながらも事の経緯を聞いていた男が、煙草を銜えたまま横目で青年を見やる。
男が勤務中だという事を判っているのかいないのか。突然押しかけるように警視庁へと乗り込んで件の飴を持ち込んできた。
「斎藤、拙者の話をちゃんと聞いてないでござろう」 ムっとしたように剣心がごちる。
「わざわざ忙しい中時間を割いて聞いてやっているだろうが」 斎藤は白い煙を吐き出しながら、呆れたように青年を一瞥した。
「最初に言ったでござろう?差し入れでござる」
確かに、青年はそう言った。突然人の職場に乗り込んだ挙句、何の挨拶もなしに開口一番、『差し入れ』とだけ短く言って小さな瓶を差し出したのだ。
勤務中だとか、勝手に乗り込むからには相応の挨拶ってもんがあるだろうが、とかそもそも何で当たり前のようにここに来るんだ、など突っ込みどころが沢山ありすぎて、斎藤は言葉を失った。

「……俺は甘い物は好かん。持って帰れ」
突き放すように言い切って、斎藤は机の上に溜まっている書類へと目を戻す。
「あ、大丈夫でござる。そうだろうと思って、ちゃんとハッカばかり入れたでござるから」
にっこりと笑って再び小瓶を斎藤の前へと差し出す。
言われてみると、確かに小瓶の中に詰まっている飴は白いものばかりだ。
「弥彦も薫殿も、ハッカは苦手で。捨てるのも勿体無いし…」
ぶつぶつと呟きながら剣心は小瓶の蓋を開ける。
「お前が食えばいいだろうが」
要するに余りものの処理か、とため息を付きながら青年を睨む。
「拙者もちょっと苦手なんでござるよ。何か…辛いし」
剣心は苦笑して、掌に載せた白い飴を自らの口に放り込んだ。歯に当たったのか、カツっと音を鳴らしながら口内で転がす。その度に順番に片方ずつの頬が膨らむ。右に、左に、交互に。
「…やっぱり辛いでござる…」
一頻り舐めると、ぺろり、と舌を出して首を竦めてみせた。幼い子供のような所作が何とも言えず、男に幾度目かのため息を付かせる。
「あ、でもハッカだけじゃ可哀想だと思って…ちゃんと甘いのも混ぜて入れたでござるよ?」
それでもどう見ても白い塊の割合が多い。申し訳程度にところどころ赤や黄色の飴が混じっているだけだ。
「………」
「…斎藤…?」
いまだ口の中に残っている飴を転がしながらおそるおそる様子を窺う。
「………………」
男は答えない。
目の前の不可解な人間の行動に、純粋に困惑したのが半分、あまりの馬鹿馬鹿しさに答える気も起きないのが半分。
「とにかく、一度食べてみるでござるよ。意外に斎藤好みかもしれないでござろう?」
打開策としては微妙なところではあるが、男は反応した。
「…なるほど」
沈黙が破れた事にホッとした剣心は、にこりと笑う。
じゃあ、と小瓶を開けて中身を取り出そうとした剣心の腕を斎藤の腕が掴んだ。
「え…」
そのまま引き寄せられ、目の前が暗くなる。青年より一回りも二回りも大きい男が覆いかぶさる形で顔を近づけたからだった。
すぐ目の前に男の顔が近づいて、ただただ呆然と剣心の瞳が見開かれた。
男の片腕は剣心の腕を、空いている腕が赤い髪を引っ張って上を向かせる。
ゆっくりとそれぞれの唇が触れ合って、吐息が絡み合う。
「…ぅ…、……っ!」
困惑する青年を満足げに見下ろしながら、斎藤は青年の唇を舐めた。
ゾクリと体を竦ませる体を離して、斎藤はニヤリと笑う。
「悪くないな」
それが、今の行為を指すのか口内で転がしていたハッカの味を指すのか。
剣心には判断が付かない。
「……驚いて飲み込んじゃったじゃないか!」
すっかり言葉が乱雑になっている剣心に、斎藤は益々笑みを深くする。
クク、と音を立てて笑って剣心の持ち込んだ小瓶を受け取った。
「ま、有難く頂戴しておく」
青年はバツが悪そうに斎藤を睨んでいる。
気にも留めずに、男は貰ったばかりの小瓶を軽く振った。中の飴玉がカラカランと愛らしい音を弾かせる。
「………帰る」
怒りと恥ずかしさが入り混じったまま、剣心は踵を返す。
「オイ、忘れ物だ」
思わず振り返った青年に手を出させると、ほんの僅かだけ混じっていた甘い華やかな色の飴玉を乗せてやった。
「俺はハッカだけでいい」
数瞬、呆気に取られた青年は暫く考えてから素直にその飴を口に含んだ。
そして今度は青年が男へと口付けた。
懸命に背伸びをしながらも、青年は目を閉じて男の首へと腕を回す。積極的に舌を絡めると、応じていた男の眉が僅かにしかめられた。
その僅かな変化を見届けた青年は、悪戯を仕掛けて喜ぶ子供のような顔をしてようやく離れる。
「甘いのもイケるでござろ?」
してやったり、といった顔を浮かべ、くるりと踵を返すとそのまま剣心は去っていった。

書類と煙草の吸殻が机の上に散乱している中、青年の置いていった“甘くない飴”と口移しされた“甘い飴”、そして深いため息が男に残された。



作品名:あめ 作家名:木土