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日常茶飯事

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長い冬も明け、ようやく春の兆しが現れた…と思ったら連日の雨。
居候とはいえ、神谷家の家事を預かる身としては億劫な日が続いていた。
そして。
数日ぶりに晴れ渡った空を見上げ、ようやく洗濯が出来る、と廊下に出た途端。
チクリ、と足に痛みが走った。



「……何やっているんだ、お前」
目の前に現れた男から呆れたような言葉が漏れる。
突然の来訪者に視線を向ける事もせず、剣心が焦ったように返事をした。
「見て解るでござろう…っ、つ…」
縁側に腰掛け、足の裏を膝に乗せて何やら苦戦している様子の青年に斎藤は大きく息を吐く。
「先日の雨で床が傷んだらしくて。おかげでトゲが……、」
ふと男が目をやると、確かに廊下の一部がささくれているようだった。
この蒸し暑さで足袋も履かずに家事をこなしていた結果だろう、と男は見当を付ける。
自力で抜くにはなかなか要領が得られないらしく、青年は一生懸命奮闘している。傷の痛みよりも、むしろ刺さったままの何とも言えない半端な異物感が気になって仕方がないようだった。
事情が解っても情けない姿である事には変わりなく、男は再びため息を付く。
「~~~~……っ、…あ、一体何用でござる?」
相変わらず意識はトゲの刺さった足に向かったまま、思い出したように斎藤に問いかける。
「…ああ。それが終わってからでいい」
結構な時間を要しそうだ、と見て男は青年の傍らに腰掛ける。
「そ、うは言われても……。ああ、もう…!」
ただでさえ苛立ちやすい状況なのに、男に好奇の目で見られている事が一層勘に触るらしく青年は一度手を止めた。
「ふー……。先に用向きを伺うでござる」
「ガキ共はどうした?」
半ば諦めの混じった青年の表情に苦笑しつつ、斎藤は最も重要だと思われる事を問うた。
問い掛けで返された事に憮然としつつも、剣心は律儀に答える。
「先だっての雨で延期していた出稽古に行ってるでござるが?」
それが何か関係あるのか、と言いかけた言葉を封じられた。

パサリ、という乾いた音と共に突然足を掴まれ、引き倒される。
元々片足を膝に乗せた不安定な体勢だった為に容易く崩されてしまった。
反転した視界に、男が外した白手袋が目に入る。
「何のつもりだ、斎藤…!」
白昼堂々、縁側で易々と押し倒された事実に歯噛みする。
噛み付くような剣心の態度にも拘泥せず、男は青年が先程まで睨めっこしていた足を掴んだ。
「いいから黙ってろ」
暴れる身体をやんわりと抑え、引き倒した拍子に取り落とした刺抜きを拾う。そしてそのまま傷口と棘の位置を確認するように、剣心の細い足首にゆっくりと触れた。
「…、っ……」
ヒヤリとした感触に、剣心は思わず身を竦める。
刀傷には慣れた身体だが、擽ったさを伴う痛みは肌を粟立たせるらしく、時折傷を抉るような小さな痛みに微かに身じろぐ。
「…おまえ、下手すぎるぞ。傷が広がるばかりで肝心の棘が抜けてない」
呆れたように指摘する声が足先から聞こえてくる。
男の目的が、己の考えるような不埒なものでなかった事に安堵したものの、気恥ずかしさに唇を噛み締める。
「場所が微妙だった…から、その…あまりよく見えなかったし…」
ごにょごにょと言い訳がましく呟く青年をよそに、斎藤は的確に手を動かしてゆく。その度に背中に走る小さな痛みに、僅かに身体が揺れた。
「しかも相当いじったな。棘が中で分かれちまってる」
「………面目ない」
最早言い返す気力もなくなった青年は、大人しく男に身を委ねた。



「まあ、こんなものだろう」
丁寧に抜き取った棘とごく少量の血を、懐紙で拭いながらどこか満足げな男が青年を見やる。
ようやく解放された事に安堵した剣心は、思わぬ助けをしてくれた男に謝辞を述べた。
──存外、面倒見のいい男なのかもしれない。
そう思った瞬間、再び衝撃が身体を襲った。
「な───!」
先程とは比べ物にならない程の強さで抑えられ、身体の動きを奪ったまま口付けられる。
「斎、…んん…ッ!」
またもや不意打ちをつかれ、逃れる間もない。
抵抗するべく振り上げた腕もあっさりと捕まり、ただ絡ませる事にしかならなかった。
「これで存分に集中出来るだろう?」
何の事だ、とは言わずもがなである。
「たかだか棘なんぞに気を逸らされてはつまらんからな」
と続けて、斎藤はニヤリと笑う。
「な……っ、馬鹿を言うな…!! 大体おまえ何しに…!」
純粋な力勝負では到底適わない事を思い知らされながらも、懸命に身を捩って抵抗を試みる。
「…おまえも相当鈍いな…」
男は今日だけで何度目か知れないため息を吐いて、しっかりと青年を組み敷いた。




 ──了。
作品名:日常茶飯事 作家名:木土