好きなもの。
彼女が来てからというもの、相馬はなんだか気疲れするようになっていた。
いきなりお兄ちゃん候補とか言われるし。
けれどなぜか憎めない。山田葵はそういう少女であった。
いつものように佐藤や小鳥遊に怒られたのか、半べそをかきながらひっついてくる。
「ふええええ相馬さあああんん」
相馬の胸に顔をうずめて泣く山田。
はいはい、と少し溜息をつきながら頭を撫でてやる。
「よしよし、今度は何したの?」
怒られてべそをかく山田を慰めるのはいつしか相馬の役割になっていた。
そもそも何故自分が彼女のお世話役になったのかよくわからないのだが。
一度でも優しくしたのがいけなかったのだろうか。
彼女には、かなりなつかれてしまったような気がする。
まあ、悪い気もしないと思っている自分もいるわけで。
「佐藤さんが山田のスペシャル納豆をばかにするんですー!」
ぴえぴえ泣く山田は相馬に頭を撫でられながら事情を説明した。
ちょっと待て。スペシャル納豆ってなんだ。
「うーんと・・・山田さんが納豆好きなのは知ってるけど、スペシャル納豆って、何・・・?」
山田はワグナリアの冷蔵庫を納豆で埋めてしまうほどの納豆好きだった。
しかしなぜだか嫌な予感しかしないのは気のせいではないだろう。
「山田が作る特製納豆です。市販の納豆にマヨネーズとか砂糖とかいれるんです。」
聞いただけで胃が痛くなるような納豆だ。
佐藤がばかにするのもわかるような気がする。というか激しく同意。
「・・・それは僕もちょっと・・・」
山田を傷つけないようにやんわりと否定する。
おいしそうだね、なんて言ったら後が怖いからだ。
「相馬さん・・・納豆嫌いなんですか・・・?」
うるうると瞳を輝かせる山田。相馬はこの顔に弱いのだ。
ふうと、大きな溜息をはく。
この少女には、いつまで経っても勝てないような気がする。
「嫌いじゃないよ。僕納豆好きだから。」
その言葉を聞いて、山田はキラキラと瞳を輝かせた。
「本当ですか!?山田も納豆大好きです!!」
ひとまず泣きやんだので、ほっと息をつく。
山田は「山田仕事に戻らなきゃです!」と休憩室の扉を開いた。
「がんばってね、山田さん。」
山田は、励ました相馬に振り返って答えた。
「あ、でも山田、納豆より相馬さんのほうが大好きです!!」
笑顔でそう言うと、それじゃと山田はフロアに戻っていった。
残された相馬はもう一度深い溜息をつく。
(佐藤くんの気持ちがわかった気がする・・・あれは反則だよ・・・。)
休憩が終わったら、佐藤にほんの少しだけ優しくしてあげようと心に決めた相馬だった。