あの日まだ僕たちはきらきらとした場所にいた
でもね、シズちゃんは俺さえいなけりゃ人気者だったはずなのだ。本当に誰にでもナチュラルにやさしいから。本能的に嫌いなタイプがあるらしいけど、とりあえず女の子、あとはまともに生きているやつとか、したってくれる後輩とかにはとにかくやさしくって俺はいつもそういう奴の姿を見ながら、なんで俺だけ、て思ってた。嫉妬なんてもんじゃないよ。まして、相手がシズちゃんだったから、とかそんな気色悪いことは想像もしたくない。俺はシズちゃんのことは一生嫌いだよ。それはかわらないし、変えていくつもりもない。
でも、本当はやさしくされたいこともあったんだよ。俺は本当に誰かにやさしくされるのが下手なのだ。(自分で言っててかなりはずかしいなぁ。)
春で、桜は咲いていて、俺はガラにもなくいいなぁ、ポカポカだなぁ、とかいい気分になっていた。一応高校生になるんだったし、うれしくないわけではなかった。ひとと同じくらいの青春というものを経験してみたかったのかもしれない。彼女とかつくって、ごく当たり前の高校生活にも憧れていたのかもしれない。今はもうわからないけど。そもそも俺にはそういうことはむいてないんだろう。だからだんだん壊れて、青春どころじゃなくなっちゃったわけ。
シズちゃんはその日は一人で桜の木の下にいてね、なんか鳥と戯れてたのかな。とにかく一人ぼっちだった。なのに始終、穏やかな顔でいた。
俺はクラスのあらかたの人にあいさつを済ませると、ようやく彼のことに気付いて、ちらちらとそっちを向くのだけど、よく顔も見えないし、怖いひとだったらいやだなー、とらしくないことを考えていた。
親は来ていないらしい。式が終わってからずっとあんな感じなのかなぁ、不憫にも。俺は思い浮かべる。あいつはきっとぼっちなんだろうな、俺と同じか、俺以上に。桜がはらはら舞っていて穏やかな日だった。俺の両親ももちろん式には出席しなかった。俺の妹たちは俺に興味などないのだろう。顔を見せることもなかった。(それでいてありがたいという。)
入学式が終わってもそこから微動だにしない彼に声をかけるともなく寄り添ったのは俺のほうからだったのかもしれない。桜がきれいですねー、と俺はいう。奴は振り返らなかった。ちょっといらっとする。俺がわざわざ話しかけているのに無視か。でも俺はめげない。
「もう帰る時間だけど?」
俺はやさしく語りかける。そのとき、あーこいつ平和島静雄だ、とすでに素性のことまで頭にあったのはたしかなのに。噂ではこいつ、道路の標識なんかを引っこ抜いて投げたりするおっかないやつらしい。でも、その噂ほど乱暴には見えなかった。髪を金髪にしていたって怖くなどなかった。ただ、キラキラと反射する髪の色は不思議とある獣を思い出させてならない。それだけだ。
「親は?ていうか兄弟とかいないの。」
彼はいない、と答えた。俺も同じだよ、と答えた。妙な親近感がした。それだからこそ俺はたずねたのかもしれないけれど、最初は親しみだったのだ。少なくとも。
「俺、妹いるんだけど、今日はきてくれなかった。ま、碌な奴らじゃないんだけど。」
「なんだ、不仲なのか?」
「だって、ねぇ。考えてみてよ。肉親に犯されかけたことって君にはある?」
俺はけらけらと笑った。シズちゃんは俺の顔をまじまじと見る。
「何?」
「なんか苦労してんだな、と思って。俺の弟なんかやさしいばっかりで、俺のほうが迷惑かけてばっかりでよ。」
「いいじゃん。なんか不服?」
「むしろ感謝してる。」
俺も何かしてやりてえなぁ、といった。俺はその穏やかな顔を見て、一瞬どきりとする。美しい獣のようだ。
キラキラとまぶしいたてがみをもっている。異常なほどきらきらして、どうしようもなく惹かれてしまう。
きらきらしたライオンみたいな金色の髪が目にとまった。どうどうとして美しくって、まぶしかった。それが彼に抱いた最初の印象だった。
作品名:あの日まだ僕たちはきらきらとした場所にいた 作家名:桜香湖