白と赤
ボンゴレファミリー10代目ボス・沢田綱吉の執務室。
午前2時を少し過ぎた頃、この部屋の主である綱吉は真っ白いスーツの上着だけを脱いだ状態で椅子に腰かけていた。
「そんな所に居ないで、入っておいでよ」
有事でもないのにこんな時間に綱吉が執務室に居ることは珍しかったが、そんな時に限って客人が現れる。
スクアーロは執務室の重厚な扉の前に立って、こちらに近付いてくる様子はない。部屋の真ん中には高そうな応接セットもあるのだから入ってきて座ればいいのに。綱吉はそう思って進めているのに、彼は動かない。
「ねぇスク――」
「こんなこと、いつまで続けるつもりだぁ」
「……なんのこと?」
俺は答えた。「なんのこと」なんて我ながら馬鹿みたいな切り返しだったように思う。
真っ白だったはずのスーツは所々赤黒く変色している。手形がくっきり残っていたり、帰り血が跳ねたりしてとても綺麗とは言い難い。今しがたに増えたシミはまだ綺麗な赤色をしていたけれど。
黙ったままのスクアーロに綱吉は自ら近付いた。彼の左胸に右手を当てる。
「スクアーロのことも、殺しちゃうかもね」
「やれるもんならやってみろぉ」
スクアーロの鋭い眼光は綱吉を射抜いている。
「スクアーロを殺しちゃったら、さすがに俺も怒られちゃうよ」
綱吉の楽しそうな笑い声が静まり返った室内に響いた。スクアーロは未だ綱吉を見つめたままで。反応の無い彼がつまらなくて、トンと左胸を押すと、彼はそのまま部屋を出て行ってしまった。
「なんだ、つまんないの」
綱吉は今日も真っ白だったスーツを着ている。午前3時過ぎ。今日は少しばかり時間が掛ってしまった。
今日は執務室には寄らないでそのままプライベートルームに戻る。といってもザンザスの部屋だけれど。
「あれ、まだ起きてたの?」
部屋の扉を開けると、室内には煌々と明かりが点いていて。低いテーブルに足を上げてソファーに座っている部屋の主が居た。
酒の入ったグラスを傾けていたザンザスは綱吉の声に視線を動かし、口角をニヤリと上げる。
「ご苦労なこったな、毎日毎日。」
「そう思うなら止めてくれたらいいのに」
綱吉はソファーまで歩いてくるとザンザスの隣に腰を下ろす。そして汚れたスーツもそのままにザンザスに凭れかかった。
「知ったことか」
「そう言うと思ったけどね。」
目を閉じると彼の心地よい低音が脳髄に響く。この声を聞くと安心する。そして先ほどただの肉の塊になった女のことを思った。
この声を聞いて、甘いセリフを吐かれて、愛撫を受けて。この世は等価交換で出来ている。自分の命と代わりにそんな素晴らしい時間を手に入れたのだから幸せだろう?
「ねぇ、ザンザス。俺はいつ代償を払えばいいのかな」
「心配するな。いつでも俺が殺してやる。」