手の届く距離
俺の隣で花火をして、スイカを食べて、プールは行ってないけど(さすがに傷が止められるかなって思うし)今は俺の部屋俺の寝ているベッドの下、床に布団を敷いて寝ている。初めてザンザスに出あった頃にこんなことを誰が想像しただろうか。
俺はザンザスが好きで、ザンザスも俺のことが好きだと言う。そんなミラクルが本当にあるのかと思うが、今こうして彼がここにいるのだから真実なんだと思う。
「ねぇザンザス」
「なんだ」
「こっち、来ない…?」
電気が消えていてよかったと思う。カッと顔が熱くなるのが分かった。声も少し震えてしまっていた。
母さんがザンザス用に敷いてくれた布団だけど、部屋に戻ってきて少しだけガッカリしたのも事実で。そりゃ母さんは俺とザンザスのことを知らないわけだから、別に布団敷くだろうけど。
「誘ってるのか?」
「っち、ちが!」
ザンザスが声を殺して笑っている。そういうことに免疫の無い俺をザンザスはいつもこうやってからかう。
でも、このお互い腕を伸ばせば触れられそうな距離がもどかしくて。
「……しても、いいよ。だから、こっちに来てよザンザス」
小さな声でも部屋が静かだからすごくよく響いた。恥ずかしいし緊張するし、さっきよりも声が震えた。でも、それでもザンザスをもっと近くに感じたくて。
そしたらザンザスが身じろぐ音が聞こえて、気配が近づいてきた。俺はやっぱり緊張して何も言えなくて、ベッドの中でじっとしていた。
「綱吉」
声が、吐息が、視線が、すぐそこにあった。
すごく綺麗な彼の紅い瞳が闇の中でもはっきりと見えた。それは俺の顔にあと少しで付きそうなほど近くにあって、そこから動こうとしないザンザス。
「ザンザス…?」
沈黙が怖くて声を掛ける。でも彼は答えてくれない。
その代わり俺の横に移動してきて、その俺とは違う逞しくてしなやかな両の腕で俺を抱きしめた。
「あの…」
「黙ってろ」
また鋭く綺麗な紅が近くになって、気付いたらキスされていた。
上手く息継ぎが出来なくて、解放された時には息も上がって生理的な涙で視界が歪んでいた。
「ねぇ、ザンザ――」
「今日はこれで勘弁してやる」
ちゅ、とおでこにまた唇が落とされた。
ザンザスの両腕と温かさに眠気がすぐに降りてくる。俺は安心してそのまま眠りに落ちた。
翌日。
目が覚めると俺はまだザンザスの腕の中にいた。
ザンザスはまだ穏やかに目を閉じている。
「よかった」
「なにがだ」
「わ、起きてたの?」
パチッとすぐに開かれたザンザスの瞳。
やっぱりこの柘榴色は綺麗だなと思ってしがみつくように掴んでいた手の力を強めた。
「なにが『よかった』んだ?」
「あぁ、うん。ザンザスがまだここにいてよかったなって」
幸せすぎてもしかしてこれは全て夢じゃないかと思う時がある。リボーンが俺の前に現れたところから、全ては幸せすぎる夢なんじゃないかと思うのだ。いつか目覚めて、全部無かったことになってしまうんじゃないかと。
「今この瞬間が夢でもいいから、ずっと覚めてほしくないよ」
「なに馬鹿なこと言ってやがる」
ザンザスはクスクスと笑って、俺の唇に触れるだけのキスをした。