片思い・片想い
男子高校に通っている俺はあいかわらず虐められていて、いつも恐喝紛いにパシリをさせられたり酷い扱いを受けている。
今日もいつものように昼休みに一人でお弁当を食べていたらそいつらがやって来てこう言った。
「ツナちゃんて背もちっちゃいし、体つきも女の子みたいに細いよねぇ。もしか
して女の子なんじゃないの?」
「でもツナちゃんておっぱい無いよねー。つるぺたってやつ?」
「いやいやさすがに高校生でぺったんこは無いでしょ」
馬鹿にした笑みと言葉。どうせいつものことだ、下手に反抗するよりも黙っていた方がいい。
「女の子のツナちゃんは好きな子とかいるのかなぁー?」
リーダー格の奴がそう言うと、他の奴らまでニヤニヤ笑い出す。
俺は嫌な予感がして箸を止めた。
「俺らが応援してやるから、告っちゃいなよツナちゃん」
ギャハハ、と品の無い笑い声を上げる。
俺は頭が真っ白になった。どうしよう。そんな屈辱耐えられるわけがない。
「今日の放課後、場所は教室ね。自分でちゃんと呼び出すんだよ」
出来マスカー?と一人が俺の頭を撫でる。
どうしよう。頬に一筋雫が零れるのを感じた。
俺は正真正銘男だ。全裸で身体測定だって受けられる。しかしあいつらの言う通り平均に比べて著しく低い身長、筋肉のつかない体。反論するのもはばかかられるような貧相な体つきだ。
でも、実は。あいつらの言う通りにクラスに好きな人がいる。それは俺の前の席のザンザスで、授業中ずっと彼の後ろ姿を眺めて過ごしている。中身も外身も自分と正反対の彼に同性に感じるべきでない感情を抱いているのだ。
五限目が終わって次の六限目が始まるまでの中休みに、俺はザンザスの座る椅子の横に立った。彼は授業中いつも両足を机に上げてノートも取らなければ教科書も開かない。何が言おうものなら教師だろうが手加減無しの鋭い一睨みで一喝だ。そんなザンザスに震える声を懸命に抑え話し掛ける。
「…あ、あの……」
「なんだ」
鋭い視線に射抜かれる。燃えるような赤い瞳が俺を見ている。
俯いた顔を上げて、小さな声で続けた。
「き、今日…放課後に、教室に残ってほしいんだ…」
「あ?」
「時間は取らせないから!ほんとに、少しだけで…!」
その後彼は返事もなく視線を外してしまった。
一か八かだった。
来てくれたとして拒絶されるだろう。嫌悪の、侮蔑の視線を投げられるだろう。
確率的にはほぼ100%だ。でもこれではっきり振られれば気持ちの諦めもつくだろう。虐めが酷くなって辛ければきっと忘れられるだろうと思った。
…でも、限りなく100%に近くとも。ほんの僅かな可能性に賭けてみたいと思う自
分もいた。
屋上へ続く階段の踊場、三人に囲まれる。体が震え今にも泣いてしまいそうだ。
「ツナちゃん、これから告るんだから泣いちゃダメだよー」
「まさかツナちゃんがザンザスを好きだったなんてなぁー」
「か弱いオンナノコのツナちゃんは、やっぱり粗野で野蛮なのがタイプだったん
だねぇ」
俺を取り囲むようにして立つ三人の声が頭上から降ってくる。
「さぁ、行っておいで?」
ニタニタと笑みを浮かべて促す。背中を軽く押され俺は仕方無しに教室へ歩みを進めた。
隣の教室の前で三人は俺を先に行かせて立ち止まった。俺は震える足をどうにか引きずって教室の扉の前に立つと中を覗いた。
いた。
授業中と同じように両足を机に乗せて座席に座っている。
建て付けの悪い扉をそっと開けると音がして、ザンザスはこちらに視線を投げた。俺は震える足で一歩進むと彼から声が掛かった。
「用件はなんだ」
「……ぁ、」
「用件はなんだと聞いている」
どうしよう。手も足も震えて、声が掠れる。
逃げようにも扉の外で三人が聞いている。逃げられるわけがない。
「…ぁの、」
「帰るぞ」
「や、待って!」
ザンザスのただでさえ怖い双眼に眉間の皺が相乗効果となってよけい恐ろしい。
それでも、言わなくては。
「ぉ、おれ…俺、ザンザスのことが好きなんだっ!」
ぎゅっと目をつぶって叫んだ。目尻に溜まった涙がその拍子に頬を伝ったのが分かる。
とうとう言ってしまった。
怖くて怖くて、俺はそのまま目を開けることが出来ずに俯いてそっと相手に分からないようにそっと瞼を開いた。
するとガタンと音がして靴音が続く。ザンザスが近付いてきたのだ。怖い、きっと殴られる!俺はせっかく開けた瞳をもう一度目一杯きつく閉じた。
しかし待っていても俺に向かって振り下ろされるであろう彼の拳は来なかった。
不思議に思い、恐る恐る視線を上げるとやはりザンザスがいて。
「それは本当か?」
そのルビーの瞳が俺を射貫いている。
「ぇ、」
「てめぇが俺を好きだというのは本当なのか、と聞いている」
ザンザスの右手がそっと俺の頬に添えられて、親指で涙の跡を拭われた。
「どうなんだ」
俺は完全に気が動転してしまって、ザンザスの綺麗な瞳をじっと見つめてしまった。今までこんなに近くで見たことなどなかったからだ。
「おい、」
「ほんと…です。俺、ザンザスが好きなん」
最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。
ザンザスが俺を抱きしめたからだ。
どのくらい抱きしめられていただろうか。俺にははてしなく長いように感じられた。
ザンザスは腕を解くと、無表情のまま俺が入って来た扉まで足早に移動し勢いよく開け放した。教室中に響き渡った音に驚いてビクッと体が跳ねる。
「おい、てめぇら」
放心状態だった俺はザンザスの声で我に帰り扉へ振り向いた。
ザンザスは自分にではなく外へ、俺をけしかけた三人へ声を投げる。
「これから綱吉に手ェ出してみろ。喧嘩なら全力で買ってやる」
廊下からバタバタと慌てて走り去る音が聞こえた。