最初の夜
継承式はとうの昔に済んでいたが、二十歳の誕生日の今日全てにおいて権利権限を九代目から受け継いだ。
高校卒業までは日本で、という我が儘を押し通して卒業とともにイタリアへ渡り、今日まで九代目について勉強してきた。穏健派の九代目と言えどマフィア、目を背けたくなるようなこともあったが、これからはそのような辛く苦しい選択も自分の言葉でしていかなくてはならない。
……そんな堅苦しい考えも、自室に戻ればお終い。
今日は一日本当に疲れた。夜からのお披露目会だというのに朝一からバタバタと動き回って、やることはいつも以上。会が始まれば昔よりは得意になったとはいえ営業スマイルを張り付けたまま入れ替わり立ち替わりやってくる顔にご挨拶。
「はぁー、つっかれたー!」
上着を椅子の背もたれに投げて、そのままベッドへダイブした。
行儀が悪かろうとなんだろうとここには自分しかいない、小言を言う側近や嫌味ばかりの家庭教師もいないのだ。やっとの解放感。それから一気に押し寄せてくる睡魔。
このまま眠ってしまおうか。そう思ってまどろんでいるとノックもなしに扉の開く音がした。
「もう引けて来ていいのか?十代目」
目の端に映るのは見知った顔。黒い衣装に身を包んだ、家庭教師よりは幾らか嫌味の少ない男だ。
「いいんだよ、どうせ俺なんかいなくたってさ」
「なんだ?久しぶりに“俺なんか”か?」
「お前にはいいじゃん」
ザンザスは俺の許可も無しに上等そうなブーツを鳴らして部屋の中を歩く。そうして俺のダイブしたベッドまで来ると、自分が主であるかのようにゆったりと座った。顔を少しだけ左へやれば男が見えた。
「辛いんならいつでも代わってやるぜ?」
「もう既に代わって欲しいよ」
少しだけ、本心である。
目を瞑ったまま答えれば、ザンザスは馬鹿にするように笑った。それからすぐ俺の顔の右側が沈んで、目を開けると影が落ちていた。沈んだ原因は男の左手だった。
「馬鹿言うな、俺はヴァリアーで手一杯だ」
「そっちこそ馬鹿言うなよ、お前んとこはいいじゃん絶対服従で!」
「てめぇの躾がなってねぇだけだろ、他人を僻むな」
「ぐ…」
正直反論のしようがない。
自分にはカリスマ性はおろか統率力もあるとは思えない。しかしザンザスには光り輝かんばかりのカリスマ性があるし、恐怖政治とはまた違う絶対的な存在感がある。
羨ましいと思っても天性の才能などどうしようもないのだ。それは十代目ボスになると決めてから何度も通る考えだったが、やはり羨ましいものは羨ましい。
「だいたい、てめぇにアイツらをどうにか出来んのか」
「…無理です。絶対に無理です。」
「適材適所だろ。俺だってお前んとこの甘っちょろいガキのお守りなんざ願い下げだ」
落ちていた影が無くなって、ザンザスは立ち上がった。
期待していたわけじゃないけど、わざわざ夜に俺の自室にくるからそのつもりなのかと思っていたが違うらしい。
「しないの?」
「今日はゆっくり休め」
「優しいと気持ち悪いよ」
笑って言ったら頭を小突かれた。
「じゃあな。明日から宜しく頼むぜ、ボンゴレX世」
明日から忙しくなりそうだ。