2番目のキミ
せっかく本邸から少し離れたヴァリアーの屋敷まで来たのに、俺の恋人はこれから出掛けるらしい。
しかも隊服を着ているということは仕事なんだろう。
「これから仕事?」
「あぁ」
部屋に漂っている空気はピリピリとしている。これが屋敷を出ると一切の気配を消すのだから毎度のことながら尊敬する。
俺も殲滅任務とかたまにあるけど、そういう時は逆に興奮が抑えられない。
「絶対帰って来いよー」
いつ見ても驚くほど綺麗な彼の長い銀髪がさらさらと揺れて、振り向いた。
「誰に向かって言ってんだぁ。」
ギラギラとした双眼が俺を射抜く。口端がニヤリと歪む。
女のように長い髪とその名の通り獰猛な顔立ち、スラリと伸びた体躯、それはアンバランスなようでしっかりと彼を形どっている。
作り物めいた綺麗な入れ物に、底知れぬ獣じみた獰猛さを秘めている。
恐ろしくて堪らないが、反対にゾクゾクして堪らない。
「そりゃそうなのなー。」
愛用の刀を左手に携えて、そろそろ行くんだろう。
「スクアーロ、俺、ここに居てもいい?」
「勝手にしろぉ」
「じゃあ勝手にする」
俺はソファーに腰掛ける。彼は言葉通り俺を気にする様子もなく部屋を出て行こうとする。
「あ、」
「あぁ?」
ドアノブに掛ったままの手。此方に向けられた顔。
いぶかしんで顰められる眉間。
「一人任務の時は死ぬなよ」
「…はぁ?」
眉間の皺はそのままに、気の抜けた声が漏れる。
「だって、そしたら死体持って帰ってこれないじゃん」
彼の顔は呆れた様に、疲れた様に歪む。
俺はすげー真面目に言ったつもりだったんだけど。
「…行ってくる」
一度大きなため息を吐いて、スクアーロはもう一度ドアノブに掛ける力を強めた。
彼は見送られるのが好きじゃないから、俺は何も言わない。
「さよなら」も「また」も嫌いな彼は、俺なんかよりもよっぽどこの仕事に向いていないと思う。
彼の匂いが染みついたソファーに横になり、彼の帰ってくるであろう明け方まで眠ることにした。
俺もお前も、心は信じる主君に預けてしまった。
髪の一本も、夢も、お互いの好きになんて出来ないから。
せめて、愛したお前の入れ物だけは、俺にちょうだい?