家庭教師と「 」
リボーンが死んだ。
正確には、アルコバレーノが死んだ。最強の七人の赤ん坊は一人残らず死んだ。なりそこないのラルを残して。
辛そうな顔をしていたけど、昨日まではいつもの憎まれ口をきいていたんだ。
「おいダメツナ、なんて顔してやがる。この俺は誰だ、最強のヒットマン・リボーン様だぞ」
俺の聞いた最期の言葉。俺の家庭教師だった彼の、愛しい彼の最期の言葉だった。
ベッドの上に眠る端正な顔立ちの少年。静かに眠る彼の顔は本当に安らかで、今にも起き出してきそうだ。起き出して彼はまずこう言うだろう。
「ダメツナ」
驚いて弾かれるように目を開ける。
目の前の彼は未だ安らかな顔のまま。もちろん起きるなんてことはない。
「おい、」
振り向くとそこには、家庭教師だった少年と同じくらい厭味で唯我独尊で端正な顔をした男が立っていた。
「なに、ザンザス」
「なんて顔してやがる」
「…。」
視線を愛おしい少年へ戻す。少年はもちろん目を覚ますことはない。
掛けられる言葉は彼と同じ言葉なのに、声は別人のものだ。
「お前には関係ないだろ」
何故彼じゃない。愛おしい少年の声じゃないんだ。
男の声は酷く耳障りで、俺の心を暴く。
「テメェは誰だ。マフィア大ボンゴレのドン・沢田綱吉だろ」
「だからなんだ」
「泣いてる場合か」
「ッ!」
泣いてる場合か?
愛おしい少年が、10年以上もともに歩んできた我が家庭教師が死んで泣いている場合かだと?
「泣いて何が悪い!!お前なんかに…!」
お前なんかに何が分かる!
「何も分からねぇよ。」
男の声は酷く静かだ。恐ろしいほど静かで、淡々と言葉を紡ぐ。
「もう一度言う。お前は誰だ?沢田綱吉」
「……」
「大ボンゴレのドンが、泣き腫らしたそんな酷ェツラ晒してていいのか。そんなことをしてる場合なのか?」
血も涙もないお前に、俺の何が分かるって言うんだ。
彼が居たからここまで来れた。彼が居たから俺はボスとして歩んで来れた。彼が居たから今の守護者の皆とも仲良くなれた。彼が居たから!
彼が居なかったら…俺はあの時のままダメツナのままだったかもしれないのに。
「テメェの家庭教師は誰だ?最強のヒットマンは、自分が死んだらなにもかも投げ出して泣けと、そう教えたのか?」
煩い。
「ハッ、最低だなテメェの家庭教師様は。」
煩い!
「今テメェがやらなきゃならねぇことは、現実から目を背けてこんなとこで泣くことか。テメェの指示を待って控えている守護者どもを放って、泣き喚くことか」
「煩いッ!!そんなこと分かって」
「分かってねぇだろ!!」
右肩を捕まれて力任せに引かれる。驚いて見上げたその先に己を見つめる深紅の瞳が映る。鋭く射抜く双眼が燃えている。
「辛いのはテメェだけなのか!?テメェが泣けばコイツが生き返るのか!?違ェだろ!!」
驚いて止まっていた涙がぶわっと溢れてくる。嗚咽が上がる。どうしよう、どうしたらいいんだ。
「だって!だってリボーンが!皆が!!俺のせいで…ッ!!」
男の羽織るコートに縋り付く。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を押し付けて泣き喚いた。
ザンザスは俺を引き剥がすことはしなかった。
「俺達は何をすればいい?テメェの指示を待ってるんだ。」
「…指示……」
「この喧嘩、買うのか買わねぇのか。白蘭をぶちのめすのか否か」
ザンザスの声が震えている。
以前より穏やかになった男の声が、怒りと哀しみに揺れている。
「全員、テメェの指示を待ってんだよ。ボンゴレX世(デーチモ)」
俺は握りしめたザンザスのコートから手を離し、顔を上げる。涙は無理矢理止めて、ともすれば裏返りそうな程掠れた声を必死に紡ぐ。
「俺の、指示…」
「あぁ。――さぁ御命令を、ドン・ボンゴレ。」
低く呻くようなザンザスの声が体に響く。俺の心を揺さぶる。
「――ボンゴレは正式にミルフィオーレと対立する。売られた喧嘩は買ってやる。俺たちは、負けない!」
死ぬ気の炎が燈る。
さぁ、弔い合戦だ。