雨の夜
馴染みの蕎麦屋を出て家路へとつく。着物の裾は雨に濡れて色が変わりはじめ、足に纏わり付いて気持ちが悪い。早く帰り着いて着替えよう。そう思い、俺は裏道をすり抜けて時間短縮をはかった。
突然着物のちょうど帯の下辺りをぎゅっと捕まれる。驚いて振り向くとそこにはまだ幼い少年がびしょ濡れになったまま俺を見上げていた。
「一晩だけ、俺を泊めてくれませんか」
俺の着物を掴んだ手は緩まず、寒さの為か少し震えた声でそう言った。
家へ連れ帰って先ずは湯浴みをさせた。雨に打たれ続けていたであろうその幼い体は驚くほど冷たかったのだ。
驚いたことはもう一つ。外では暗くて気付かなかったが、明かりを付けたところで見るとその少年の髪は銀色に輝いていて、瞳の色も碧色だった。今まで生きてきてこんな色を持った人間は初めて出会った。
「あの…有難うございました」
湯から上がった少年が来ているのは俺の寝間着だ。あいにく少年に着せられるような物は我が家には無いから仕方なく自分の物を着るように言った。
「腹減ってねぇか?減ってたら何か準備するけど」
「あ、いえ…大丈夫です」
俺はこいつに会う前に蕎麦屋で夕飯は済ませている。じゃあ俺も湯を浴びて寝てしまおう。俺は布団を敷いて、子どもに先に布団に入っているように伝えてから風呂に向かった。
風呂から上がると少年は布団の横にちょこんと座っていた。もしかして物取りかと疑ったりしていたのだが、部屋を漁った様子はない。
「先に寝てていいって言ったろ」
さらさらの髪をぽんぽんと叩いて少年を促して俺も布団に入る。
と、しゅるりと衣擦れの音が聞こえた。気になって少年を見ると少年は貸し与えた寝間着を何の迷いもなく開けていた。
「ちょ、おまえ何して」
「一晩のお礼」
こぼれ落ちそうにきょとんと見開かれた瞳。
「い、いらねぇよ礼なんて!」
俺も子どもではない。少年の言う「お礼」の意味はよく分かる。しかしそんなつもりで泊めようと決めたわけではないし、御稚児趣味などはもっとない。
「でもいつもこうしてた。他にお礼を思い付かない」
なんということだろう。こんな少年が毎日こんなことをして宿を得ていたというのか。
ぱちぱちと瞬きを繰り返して不安そうな顔をしている少年の寝間着をもう一度きちんと着せてやった。一瞬触れた肌はほんの少し震えていた。それが凄く儚く見えてぎゅっと体を抱きしめた。
「じゃあ、隣で寝て」
「…はい」
明日少年の名前を聞こう。
久々の人肌の温かさに俺は直ぐさま夢に落ちた。