19時の彼
これはたまたまだ。あくまで偶然。
授業も終わって十代目と帰ろうと思ったら十代目は補講だそうで、俺も出ようと思ったら拒否されてしまったから仕方なく一人で帰ることにした。一人かと思ったら急に煙草が吸いたくなって屋上への階段を上った。雲雀の野郎がいたら面倒だと思ったので静かに扉を開け(この扉は錆びていて静かに開けようと音はするのだが)見回してみてもあいつは居なかった。見つかるのも鬱陶しいので梯子を上って見つかりにくい場所へ移動した。制服の胸ポケットから煙草とライターを取り出し火を点けたところで扉が音を立てた。雲雀だろうか、俺は煙草は口に銜えたまま見下ろした。そこには女子生徒がいた。なんだかそわそわして落ち着いていない。まぁ俺には関係ないか、と視線を空に移したところでもう一人屋上に上ってきた。
「あ、悪ぃ、遅くなって」
今度は男子生徒。というか山本だった。
「大丈夫です、来てくれて有難う御座います…」
「今日は部活無かったし」
「そう、ですか」
いつも通り快活に喋る山本と歯切れ悪い女。話し方からして後輩か?
この状況的にまぁ十中八九告白だろう。山本は毎度毎度ご丁寧にこうやって呼び出しに出向いているんだろうか。俺はどうせ断るんだし面倒で一度も出向いたことが無い。
「あの、」
「うん」
「その…」
どうせ続く言葉なんて分かっているのに、山本は律義に待っているらしい。ばかばかしい。どうせ断るんだろう?だったらさっさと言ってしまえばいいのに、時間の無駄だ。
「私、山本先輩が好きです!付き合ってもらえませんか!」
声が若干上ずって、それでもきっちりと言えたようだ。
少し気になって二人の方を見ると、女は下を向いていて、山本は相手をしっかり見据えていた。それから困ったように笑って。
「ごめんな。気持ちは嬉しいんだけど」
「……そう、ですか」
「ほんと、ごめんな」
女は俯いたまま。声的には泣いてはないみてぇだけど、まぁ断られてるんだし正面は向けないだろう。
「……山本先輩は彼女、いるんですか?」
微動だにしなかった女が掠れた声で絞り出したように声を発した。
俺も驚いたけど正面にいた山本も驚いたようで小さく「え、」と声を漏らした。
「付き合ってる彼女、いるんですか?それとも好きな女の子とか」
「……いないよ」
「だったら――」
…え?なんだって?
視線の先では女が涙を浮かべた顔で山本に縋っているが俺には何も聞こえない。そんなことよりも。
付き合ってる奴がいない?俺とおまえは付き合ってるんじゃないのか?おまえが俺に告って来て俺も確かに素直じゃない反応をしたけど、おまえん家や俺ん家に泊まったりキスしたりそれ以上も――。
鈍器で脳天を殴られたような衝撃に俺は一瞬目の前が真っ暗になった。
気付いたら二人ともいなくなっていた。俺はそれを確認すると梯子を下りた。
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「獄寺くん、朝から具合悪そうだけど大丈夫?」
「大丈夫です、御心配には及びません!」
最悪だ、十代目にご心配をお掛けしてしまうなんて。
体調が悪いというよりも寝不足。昨日は一睡も出来なかった。何度も携帯を手にしては離し、結局メールも電話も出来ないまま朝。眠いし隈もはっきり出ちまってるしでかなり考えたが、休んだりしたらそれこそお優しい十代目はご心配なさるだろう。仕方なくいつも通り十代目をお迎えにあがった。山本は朝連で二人だったからかなり助かったが、教室に入って予鈴が鳴れば勿論あいつは教室にやってきた。
あいつは十代目にご挨拶して着席すると、俺にも視線を送ってくる。じっと見ていたから目があって、あいつは嬉しそうに笑った。それに耐えられなくて視線を外した。
教室移動も昼飯も三人で一緒に過ごした。いつも通りだったが、俺だけがいつもと違った。
放課後になって山本は部活へ。十代目と帰ろうと鞄を掴んだ。
「獄寺っ!今日おまえんち行っていい?親父に寿司握ってもらうからさ」
「……なんで」
「え、なんでって?」
山本はきょとんと目を丸くして止まった。
なんでって。だって俺とおまえは付き合って無いんだろ?だったら俺は十代目以外の奴と仲良くする気なんてない。十代目の前では一緒に行動してやってもいいが(大変不服ではあるが、山本は同じファミリー・十代目の雨の守護者だ)何故それ以外でまで仲良くしなくてはならない。
「……まぁいいや。じゃ、俺部活終わってシャワー浴びたら獄寺んち行くから」
そう言い残して山本は部活へ掛けて行った。十代目が苦笑している。
「かえろっか、獄寺くん」
「はい」
本当に来る気なのだろうか。
来たら追い帰そう。だって、もうおまえとは仲良くなんてしたくねぇんだ。
十代目をご自宅までお送りして、俺は自宅までの道のりを重い足取りで歩いた。
19時前。家のインターホンが鳴った。