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【ポケモン】いつかゆめみたゆめをみる

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 ひとが落ち込んでいるとき、心配そうに覗き込んでくるのがヒトカゲの癖だった。きょろんとした黒目はそれほど明らかに感情が出るわけじゃないけれど、慰めるように触れるちいさな手のひらだとか、気遣わしげな仕草だとかがどうしようもなく優しかった。そんなヒトカゲがバトルでぼろぼろにされる度に自分は落ち込み、そんなときやっぱりヒトカゲは気遣わしげに自分の顔を覗き込んでいた。そうさせてしまう自分があまりにも悔しくて、ぎゅうと抱きしめてわあわあ泣いて、……親よりも友達よりも誰よりもみっともないところを一番見せていたように思う。
 ふかふかももこもこもしていなかったけど、乾いた手のひらが触れる感触はとても好きだった。真っ暗な部屋で誰にも気づかれないように声を押し殺して泣いているとき、ヒトカゲはいつでも傍にいた。明るく燃えていた尻尾の炎がどれだけ心強く思えたことだろう。



 いつか自分を慰めた炎は、今は赤い帽子の少年と共にある。
 ブラウン管のテレビに映る姿は紛れもない彼だった。チャンピオンに相対するチャレンジャーは同じくマサラタウンの出身なのだと、半ば興奮気味のナレーターが伝える。それはそうだろうと思う。弱いばかりのトレーナーだった自分もテレビに釘付けだった。四天王全員に勝つ誰かの存在自体が十何年となかったことなのに、今日一日で二人がそれを成し遂げて、チャンピオンの座をかけて戦っている。ポケモンの実力もトレーナーの技量も紛れもなく最高峰だった。何もかもが磨き上げられている。
 戦っているのは装飾の一切ない、ただ広いだけのシンプルなバトルフィールド。そこを新チャンピオンのピジョットが目で追えないほどの速さで飛び回っている。対するチャレンジャーがボールから出しているのはラプラス。凝縮された冷気がテレビを通してもはっきりと分かる。指示のタイミングを図っているのか、緩く腕を上げたまま宙を睨みつけていた。
 にっ、とチャンピオンが笑う。腕を思い切り振り上げた。撹乱させるように飛び回っていたピジョットが一瞬で目標を定め、飛び掛る。チャンピオンが腕を振り上げると殆ど同時にチャレンジャーも指示を出していた。猛烈な勢いで放出される冷気と氷の礫が飛び掛るピジョットに襲いかかる。だかピジョットの翼が一瞬早くそれをくぐり抜けていた。飛び回る速度そのままにラプラスに翼が叩きつけられる。しかし頭への一撃を受けてもラプラスも負けてはいなかった。一撃の後に捉えた姿を逃さず、拳ほどの礫が翼にヒットする。反撃が意外だったか一瞬チャンピオンが目を見張ったが、それも一瞬で、瞬きした次にはこれ以上ないほど嬉しそうな顔をする。
『―――随分鍛えたもんだな』
 呟きをマイクが拾っていた。赤い帽子の少年は、いつか見た優しげな印象など吹き飛ばす好戦的な表情でそれに答える。
 氷の追撃がピジョットを追う。素早さには相当自信があるらしく、苦手なタイプだというのに替える気配もない。それに少年は少し顔をしかめていた。
『―――』
 替えたのは赤い帽子の少年の方だった。慣れた手つきで次のボールを掴む。アンダースローで放られたボールから強烈な光と共に次のポケモンが現れる―――。

 ―――リザードン!
 新たなポケモンの登場に会場が色めき立った。天に向かい咆哮する。テレビ越しだというのにびりびりくる声だった。尻尾の炎はあの時以上に力強く燃え盛る。覗く鋭い牙。派手な橙色の身体。そして背中の翼。手元を離れたポケモンが鍛え上げられた末の、雄々しい姿だった。
 鋭い目がピジョットを睨みつけている。同じように赤い帽子の少年がその姿を追っていた。自分にはとても追えない速度で動き回るそれを。
 少年は上に向かって腕を突き上げる。一緒に何か叫んだのかもしれない。その指示を受けて、リザードンががっと口を開けた。吐き出された高火力の炎が渦状になって上空に昇る。チャンピオンのピジョットが逃げ場を失いそれに巻かれた。
 息を呑んだ。モニターに映るのは羽毛を黒く焦がしながらもまだ戦おうとするピジョットの姿だ。それとチャンピオンの表情も。舌打ちする音が聞こえてきそうだった。
 リザードンが飛翔する。その巨体では驚くほどの速さはない。けれども弱らせた今のピジョットとならばそう差はなくなっているようだった。
 握った手に汗をかいているのが分かる。脳裏に浮かんだのはぼろぼろにされたヒトカゲの、いつかの姿。気がつけば叫んでいた。いけ、と。今だったらきっと勝てる。あんなことにはならないはずなんだ。
 だってほら、こんなにも立派になったじゃないか―――。
 チャンピオンが空に向けて指を指す。それに素早く反応したリザードンがピジョット目掛けて急下降する。その翼で、向かってきたピジョットの勢いごと強烈な一撃を叩き込んだ。そしてもろともにフィールドに墜落する。
 衝撃で映像が揺れた。
 もうもうと埃が立ち込める。割れた床が映っているのを見て、ぶるりと震えた。どれほどの衝撃だったのだろうか。
 のそり、と影が動く。橙色の身体が立ち上がる。埃にまみれていた。視線は赤い帽子の少年に向けている。口角を釣り上げている。鋭い牙が覗いていた。
 ピジョットは立ち上がらなかった。
 わっと会場が沸いた。熱狂する観客席とは逆に、思い切り膨らませた風船から空気を抜いたみたいに、ずっと張り詰めていたものが抜けきってふにゃふにゃになる。
 嬉しそうな、それは嬉しそうなリザードンの咆哮が響き渡る。駆け寄った赤い帽子の少年に気付き、顔を擦り寄せた。すっかりヒトカゲの面影はなくなったと思っていたのに、甘える表情は柔らかく、あの頃を否応なく思い出させる。
 熱いものがこみ上げてくる。顔がくしゃくしゃになる。ただの一戦も勝たせてあげられなかったヒトカゲの、初めて見る勝利の姿。―――よかった、本当によかった、とそればかり思う。勝てたんだな。自分の見てないところでもそんな風に勝ってきて、きっと今のように物凄く嬉しかったんだろうな、と。
 チャンピオンが心底悔しそうにピジョットをボールに戻す。二人の表情がぱっと切り替わった。元通り、好戦的な表情に戻る。リザードンも同じように、先程よりも生き生きとして。
 ぼやけて映るテレビの画面を見つめる。まだ一戦目。次はどうなる。そしてその次は。どちらが勝つかも分からない。だがどちらであってもこの無性に泣きたくなる気持ちは変わらないのだろうと思う。あの子はきっと幸せに違いなかった。それが嬉しくて少し寂しい。ぐしぐしと泣く自分を慰める炎は今傍にいないのだから。
 両手で顔を覆う。
 涙が止まらなかった。