約束
兄さんは帰ってくるといつも怪我をしていた。致命傷になるような傷ではなくかすり傷程度のものばかりだが。帰って来たばかりの兄さんを見た時にはべったりと血で汚れたあの人の衣服に驚いたものだが、それは兄さんではなく相手の血だと兄さんは笑った。兄さんは誰よりも強い。そんな人が衣服が血塗れになるほどの怪我を負うはずなどはなかった。
就寝時間になると兄さんはいつも俺が眠るまでベッドサイドにいてくれた。寝物語に聞かせてくれるのは輝かしい戦歴で、そのどれもが俺を興奮させた。俺の兄さんは尊敬に値する人。強くて格好良くて、自慢の兄だった。
「兄さん」
「なんだ?」
戦争の話をするとき、兄さんのその綺麗な柘榴色の瞳はいっそうギラギラと燃え上がる。血の色のような真っ赤とはまた違う輝きは戦争を知らない俺の背筋をもゾクゾクさせた。
「明日も戦いに行くの?」
「あぁ」
「そっか」
戦争の話は好きだ。
でも嫌いだ。戦争の話をする兄さんは俺の知らない兄さんで恐ろしかった。
「なんて顔してんだ。ちゃんとお前が眠る時間までには帰ってくる。約束だろ?」
最近はその約束も守る為にあるのか破る為にあるのか分からないじゃないか。とは言えない。
俺は戦う為に生まれた国だ、と兄さんは言った。だから戦争に行くのは当然だとも言った。だから止めることなど出来ない。してはいけない。
「さ、そろそろ寝ろ」
兄さんの大きくて優しい左手が俺の頭を撫でる。
ずっと繋がれていた兄さんの右手に少しだけ力を入れる。僅かな抵抗として。兄さんはその俺の気持ちに気付いたのか、はたまた気付かないのか「お前はいつまで経っても甘えん坊だな」と笑った。
「おやすみ、愛しい弟」
額に触れるだけのキスが落ちてきて、兄さんはもう一度頭を撫でる。温かい手で撫でられているとたちまち眠くなって俺は直ぐに夢の世界へと落ちていった。
明日も兄さんは約束を守ってくれるだろうか。