酸素濃度18%
「ねぇ、君は俺とシズちゃんだったらどっちが嫌い?」
「イザヤさんです」
「じゃあ俺と帝人くんは?」
「イザヤさんです」
「それなら俺と――」
「誰と比べたって、イザヤさんが一番嫌いですよ」
どうしてここはこんなにも呼吸が苦しいんだろう。
いつもそうだ。ここに来ると呼吸が苦しくて、あの人の視線がねっとりと絡みついて吐き気がする。胃の内容物が一気にせり上がってくるのに、分かっているから何も食べないで来ている俺の胃からは胃酸が逆流するだけ。いつまで経ってもこの吐き気からは逃れられない。
「ふーんそっかぁ…じゃあ、」
赤みがかって見える瞳が俺を映している。
俺の瞳も目の前の男を映している。気持ち悪い。吐き気がする。今すぐにでも逃げ出したいのに、手錠で繋がれた左腕。じゃあこの戒めがなければ逃げられるのかと言われれば答えはNOだ。足がすくんで、逃げるどころか立ち向かっていくことも出来ないのだ。
「俺と、正臣君だったら?」
黄巾賊も、非現実も、全部捨てた。俺はふつうの日常を取り戻すために全部捨てたのに。
「ねぇ、どっちが嫌い?」
息が、吐き気が、どうしようもなく俺を追い詰める。
何故こんなことになってしまったんだろう。俺は居場所が欲しかっただけなのに。
出来ることなら全て、全部ゼンブなかったことにして消えてしまいたいとも思った。
「イザヤさんも、俺も、嫌いです。大嫌いですよ」
ギリ、と睨みつけてやったのに、目の前の男は愉快そうに笑う。
そうして彼と俺との距離が縮まって、これなら噛みつくことも可能だろうと思えるぐらいの距離になって。
「あはは、だから俺は正臣君が好きだよ。君は人間らしくていい。俺は人間が大好きだからね」
「それはドウモ。俺はあんたが大嫌いだけど」
「そうやって憎んで憎んで憎んで、自分のことも憎むといい。人間らしくもがき苦しみなよ」
こんなにも憎いのに。嫌いで嫌いで、殺してしまいたいほど大嫌いなのに。どうしてこの人に逆らえないんだろう。
過去ってやつは寂しがり屋だから、俺を捕らえて離さない。この人も寂しいから俺を離さない?それとも俺が?