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[APH]えめらるどのあめ

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彼は昔から良く泣いた。

ああ、もし奇跡が起きて、今の俺があのときの彼に会えたなら、伝えたい。

俺の立場は変わったけれど、君を傷つけたけれど、
それでも一緒に居た、あの思い出はずっと持ってるから、って

・・・忘れられやしないよ。



<まどろむわたしを、やさしくみなもへひきよせるように>

 幼子の姿でベッドで眠るアルフレッドがうっすら目を開けると、部屋のドアが少しだけ開いていて、油で燃すひかりが、そこから部屋へ漏れ入ってくるのが見えた。
 焦げて柔らかく反射し、苛烈な色彩を失い優しくなったひのいろだ。

 そして次にアルフレッドが気づいたのは、自分の体温と馴染みながら、なお少しひんやりとする手だった。
 掌どうしの大きさを比べれば倍は違うであろう、アルフレッドのちいさな手を、まるで宝物を扱う丁寧さで、両手で押し包んでそっと握る。

 そうして、彼は泣く。

 アルフレッドのてのひらを包む自身の両手に、頬を寄せるようにして、しゃくり上げることも、表情を崩すこともなく はらはらと、涙を流すのだった。

 彼の背に受けたあかりが、眠るベッドの上に彼の影をのばす。のびる影と言えば、お化けだったり怖いものと相場が決まっているけれど、この影はああこわくないなとアルフレッドは幼心に思った。

 まるで、彼の優しいヴェールに包まれて、わるいものから守られているみたい。ここにいたら、彼がそばにいてくれたらそれだけで、こわいものなんてなんにもないんだ、と、そう思ったら自然と笑みがこぼれてきて

 「あーしゃ」

 幼子は、ぽかぽかとした意識、未だ覚めやらぬ体の寝ぼけ眼で、小さく小さく、彼に声をかける。

 返事はない。けれど、アルフレッドの視線の先には、涙が枯れ、代わりに優しいエメラルドの色をたたえた瞳があった。
 彼は、アルフレッドの黄金を、うやうやしく節のある手で控えめに梳いた。

 あれ、おかしいな、と、現と夢に揺らされながらアルフレッドは思う。

 いつもの彼なら、呼びかけたら返事をしてくれるのに。
 いとおしげな声で、名前を呼んでくれるのに。

 おかしいな、おかしいなと、そう思っているうちに、そのおかしさが、また夢からそっと手を伸ばす。

 さあ小さな子、あなたの第一は遊ぶことですよ。
 こちらへいらっしゃい。
 あなたに無限の楽しみを、幸福と理想を見せましょう。さあさあ、駆けておいでなさい。夢も現も、幸せを約束されている子。

 そんなことを、一体誰が言ったものやら、
 不思議の国のウサギか、
 それとも青い鳥か。
 それは誰にも分からない。

 ただ、ひとつ確かなことは、幼子の呼吸が深くなるのをじっと見守った少年が、寝入った幼子の手を離し、それからそこに座り込んで、泣き崩れた事だった。

 しゃくり上げずに、ただ涙を流し続ける。

 おかしな泣き方、と自嘲する。
 泣き虫なのはもちろんのこと、一体こんなおかしな泣き方にいつから馴染んでしまったのか、自分自身でも分かっていないのだった。

 けれどそれは、ずいぶんとむかし、とおいむかし、から、だな。と、目頭に、あるいは喉にわき上がる熱でふつり、ふつりと途切れさせながら、そう考えた。

 ああ、ばかばかしい忌まわしい。この瞬間に起こるはずもないことで恐れおののくこの惰弱な魂よ。

 そう自覚しても、彼の、腹の底から沸き上がるおそれはぬぐえない。

 彼の記憶が、繰り返しを知っているので。
 何度も、何度も、見てきたので。



彼は昔から良く泣いた。

壊れたことが悲しいのではなくて、
いつか壊れてしまうことを知っていたから
作品名:[APH]えめらるどのあめ 作家名:速水湯子