アイ・ラブ・
折原臨也の云う誹謗は常に事実だった。 だから平和島静雄はそれを聞くたびに、どうせろくなことにならないと心の隅で毎回確かに思うのに、学習していたのに、ひどく苛立ってしまうのだと思う。 誰よりも何よりも鋭い言葉で誰よりも何よりも的確に静雄を表す臨也が、彼は本能的に嫌いだった。拒否していた。 化け物の彼が防衛本能を正常に働かせる程度に、少なくともその程度には、彼は化け物だった。間違いなく。
「シズちゃん、すきだよ」
折原臨也のその言葉を信じたことは、ない。当たり前といえば当たり前のことだった。 それだけ臨也は静雄を傷つけてきたし、静雄だってそれを素直に受け入れるには些か行き過ぎて彼を恨んでいる。
だがしかし、そもそも二人の繋がりは希薄なようで実はとても密なものだった。 それはさながら細くて透明な蜘蛛の糸のように細く透き通った、だがしかし悪意に満ちた強靭な。 仕掛けた蜘蛛は果たしてどちらか、食われるのは?
この関係に意味はない。現にすきだよと囁いたくちびるは既に三日月に歪んで、その右手には細い銀の針…――注射器が握られている。
「ごめんねぇシズちゃん、俺ケッコー本気なんだ――こんな化け物に抱かれたらどうなっちゃうんだろうって思うとどうしようもないよ!」
軽薄に笑うこの変態野郎の肉を噛み切れるタイミングはいつ訪れるだろうか、頭を巡らすもしかし所詮これは意味のない存在、意味のない関係。 蜘蛛の糸はどこまでもついてまわる。化け物は化け物同士つるむ。それだけの話だった。
『俺が愛したのは人だけです』
折原臨也はそれだけを残して、冷たくなって火で焼かれて煙になって空になった。燃え滓は土の中に埋められ、彼の存在はすっかり地上からなくなってしまった。
細い筆跡で、普段の彼の字からは想像もできないくらい、いっそ人を馬鹿にしたかのように丁寧に綴られたその遺書には、ただそれだけが記してあったのだという。 宛名も、名前も、日付も、それなりにあるはずの遺産の振り分け方も、未練も、恨みも、悔いもなく、ただそれだけが。
『俺が愛したのは人だけです』
静雄がその遺書を見たのは彼が死んでから幾分経った頃だった。愛していたわけではない。愛されていたわけでもない。
それでも、男の最後の愛は彼の心の底にこびり付いて、離れなかった。
彼が愛したのは人間だけです・http://jinx.in/end/
(2010-06-05)