うそと嘘と真実
激しい雨の音と黴臭い空気が湿り気を帯びて纏わりつく。
もはや使われていない倉庫は原型を保ちながら静かに朽ちて存在した。
足を踏み入れるとじゃりと砂を踏む音と自分から伝い落ちる水滴が床に跡を残す。
早く行かなくては
ずぶ濡れな自分とは正反対に大事に抱えられたビニール袋を胸に、少年は廃墟と化した建物を重たい足を引き摺って歩み進めた。
もう少しで彼はいる。確証なぞまるでないのに少年はある確信をしていた。彼はいると、この暗くて黴臭い建物の奥にきっといる。
伝う水に混じる鉄の味が気持ち悪い。
彼は待っている。自分はその使命を果たさねばならない。
強い思いに駆られ胸に抱くビニールをより強く握り締めると、一歩一歩薄暗い空間に身を沈めていった。
「やあ、遅かったね」
静かな空間によく通る声は正臣の意識を覚醒させるに十分の効果があった。
一心不乱に歩いてきたせいか建物に入ってどれだけ時間が過ぎたのかよく分からない。
この場のひどく淀んだ臭いも朦朧とした体では感じ取ることは出来ない中、彼の存在だけは認識出来た。
「ま、でも来ないとは思わなかったよ。お疲れ様、紀田くん」
こんな状況でも笑みを浮かべ、どうしようもなく濡れている正臣に手を伸ばすと彼の大きな瞳が臨也を捉えて揺れた。
「どうしたの」
「これ、着替えです」
大事そうに握り締められたビニール袋を臨也に手渡すと、使命を終えたかのように正臣はその場に膝をついた。
そんな彼を折原臨也は横目で一瞥し、手渡されたビニール袋を開封する。
「そう、これだよこれ。これを待ってたんだ。こんなかっこじゃ外にも出られないだろう。ありがとう紀田正臣くん」
「いえ。タオルも、入れときました」
こびりついた跡の残る体を見つめながら淡々と述べると、自分の鞄に手を掛けて中を探る。
あまり物が入ってないその鞄から、魔法瓶とばらばらと消毒液や包帯やチューブといった不揃いの医療用品が現れた。
「あと、この中にお湯と適当に救急箱から薬持ってきたんで、使ってください」
その光景に驚きを隠せないような表情を見せた臨也は自分で呆けた事実に気づくなり声を上げて笑い出した。
笑い出すしかない。なんて愉快なんだろう。
「賢い子は大好きだよ、君は最高だ。沙樹とは違う」
その言葉に無意識であろう、今まで感情を持ち合わせていないかのようであった正臣がぴくりと体を小さく震わせた。
そんな彼の表情を確認すべく、臨也は正臣の顎に手を掛け自分に向けさせるが、その時には正臣は表情を消していた。
冷たく何を見ていないような表情で目の前の男と向かい合う。
「調教も極めたりってね。とはいえ君の方が重症じゃない。どうしたのその傷」
手当てもせずに水滴に混じって流れる血と明らかに見て分かる打撲痕。近くで見ると、せっかくの可愛い顔がところどころ腫れていた。
「なんかここにくる途中襲ってきたんで、相手してたら遅れました」
「へぇ、こんな奇特な場所にいるなんてもしかしたらこのお相手じゃない」
立てない足の代わりに汚れた痕を残す下半身を指差し、笑い話をするかのように話す。
「全く、自分じゃ出来ないと思うと集団でこれだよ。いやぁ人間って本当に愚かしい」
黙ってその話を聞く正臣に、ふと思いついたような顔で臨也は彼に笑いかけた。
「そうだ手伝ってよ。事後処理っていうのこれ。慣れてる君なら何をどうしていいか分かるでしょ」
濡れて張り付いた髪を梳くと戸惑うように口が開かれた。
次に何を言うのが正解か分からないというように開かれたまま閉じることのない唇に臨也は自分の唇を重ねて上げると一言
「そうだなぁ。出来たら一つだけ君の望みを叶えてあげる」
そう言って彼に微笑みかけた。