報われずとも
「兵助くん……」
じくじくと未だに焼けるような痛みに苛まれていた時、鼓膜に届いた声に垂れていた頭を上げる。あんなに綺麗だった金髪を濃い深紅色を濡らした後輩が佇んでいた。
「……お前どうして」
「心配になって来ちゃったんだ。ごめんね」
「自分の持ち場から離れるなって言ったろうが」
「兵助くんいつまで経っても帰って来なかったから」
ふにゃりとした笑顔で言われて反論出来ない。確かに元はと言えば任務を果たせなかった自分にも原因はある。しかし、だからと言っていつまでもここに居させるわけにはいかなかった。
「……早く学園に帰れ」
「兵助くんも帰ろ?」
「俺は帰れない。もうすぐで追っ手が俺を殺しに来る」
腕の痛みで意識が飛びそうになる。額には脂汗が浮き上がり、正直喋るのですらきつい。このまま意識を手放してしまえばどんなに楽か。
だが、その前に。その前にこの忍になるにはまだ早すぎた彼だけでもここから遠ざけなければならなかった。
「分かるだろ?ここで突っ立ってたらお前まで死ぬ。お前は先に学園に戻って俺が任務を失敗した事を伝えてくれ」
「兵助くんも一緒に……っ」
「二人で行動してたら見付かりやすくなる。だからお前だけで逃げろ」
本当に学園に戻って欲しい理由を言えないのはまだ照れがあるからで。命の危険が迫っている今ですら素直になれない自分が少し悔しい。
「……分かった」
斎藤はどこか強張った表情で頷いた。
「じゃあさっさと行け」
「うん。あ、兵助くん」
「何だ、帰り道が分からないのか」
「……ううん、何でもない」
飛翔して気配を消した事に感心して口元が吊り上がる。今生の別れになるのは分かっていたのに、最期の最期まで彼に愛していたと告げられない己に対する嘲笑だった。
(出来れば死体は見られたくない)
そう願いつつ瞼を閉じれば意識が一気に墜ちて行った。
「酷い傷だった。いくら拷問されても何一つ吐かなかった証だよ」
「その時息はまだ」
「俺と雷蔵が助けに行った時は既に死にかけてた。もうどうする事も出来なかったんだ」
「……………………」
「お前の後輩は忍らしい死に方をしたんだよ、兵助」
感情も生気も欠落した虚ろな眼を向けられ、鉢屋は思わず視線を逸らした。その先には白い包帯で包まれた右腕が存在し、何とか切り落とさずに済んだと医務室で言われた事を思い出す。
今となっては本人にとってはどうでもいい話だろう。
「わざと捕まってお前から追っ手を遠ざけたんだ。……お前を助けたい一心で」
「俺は……最後になると思っていた。あいつと居れるのはあの時が最後になると」
「兵助」
「なぁ三郎俺、あいつに今までずっと好きだったって言いたかったのに言えなかったんだよ……!」
友人が狂ったように己の身代わりとなって死んだ彼の名を呼び続ける。鉢屋はぼんやりと見詰めながら、彼との最期の会話を思い出していた。いや、会話らしい会話ではなかった。ただ、
(お前の気持ちをあの人は多分、知っていた)
ただ「こんなになってもいいくらい兵助が好きなのか」という鉢屋の問い掛けに、彼は血まみれの顔で嬉しそうに頷いていた。