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半サイレント劇場

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 中に開発した惚れ薬が入っているんだ。伊作から告げられたのは彼から受け取った饅頭を半分以上食べた後の事で、食満は今更抵抗しても手遅れだと、残りは懐にしまった。後で土に埋める予定だった。まだ体調に異変はないものの、念には念を入れて水も貰って飲む。此処が食堂で助かった。

 伊作は素面のままの実験台を観察するように眺め、しばらくしてから詰まらなそうに溜め息をつく。饅頭はまだ一つあったらしく、通りすがりの文次郎に渡した。体は何処もおかしくないので、これは失敗作だと食満は確信した。人のよさそうな笑顔を浮かべている伊作が不機嫌そうな表情を隠しきれないところを見ると、余程自信があるようだった。

「止めろよ、惚れ薬なんざ作って何の意味があるんだ」
「諜報には役に立つかもよ。恋に落とせば思いのままに情報を手に入れられる」
「言い訳みてぇな言い訳はよせ。大方くの一に頼まれたんだろうが」
「留さんは鋭いなぁ」

 薬への未練は捨て去ったのか、伊作は常の朗らかな笑みで頬を掻いた。二人の後ろでは文次郎が饅頭を食べている。生物委員全員分の大福を貰いに虎若が食堂に入った直後だった。

「お前何だかんだで甘いし、何処かでは筋を通すだろ。そんな奴が任務だからって人の感情掻き回すような真似するかよ」
「はいはい、僕を買い被らない。それに妙に律儀なのは留さんだよ」
「……で、惚れ薬が本当に完成してたらお前はそのくの一にあげてたのか?」
「当たり前じゃないか」
「自分で使おうとか考えてたんじゃねぇのかよ」

 伊作は片眉を上げて食満から視線を逸らした。口にせずとも答えたようなものだ。面白くないと、食満は舌打ちをした。背後で饅頭を食べ終えた文次郎と、大福を貰った虎若が顔を合わせていた。虎若が挨拶しようとした瞬間、文次郎が彼目掛けて走り出した。

「止めろ止めろ。薬なんかで好きな奴繋ぎ止めようとしたって無駄だ」
「僕はそんなつもりじゃ」
「じゃあどういうつもりだ。惚れてもない相手に飲ませるなんて馬鹿な事するな」
「……好きだから振り向いて欲しいんだ」

 諦めたように本音を明かした伊作だったが、食満の苛立ちは鎮まろうとはしない。ますます込み上げて来た怒りを抑えるのに必死だった。食堂では虎若が声にならない悲鳴を上げて走り回っていた。小さな後輩を追うのは欲情した獣の目をした文次郎だった。

「……俺じゃ駄目なのかよ」
「え?」
「何でもねぇ……」

 実は薬の効果は発動していた事。薬の実験台に親友を選んだ理由。それなりに重要な事実を食満と伊作はそれぞれ気付かず知らない。発狂寸前の後輩の異変を察知し、駆け付けた孫兵が投げた鉄球が股間に命中して気絶した文次郎は薬の効能を得るには丁度いい人材だった。彼は饅頭を食べた後に見た虎若に恋などしていなかったからである。

作品名:半サイレント劇場 作家名:月子