カイトとマスターの日常小話
ラプソディー イン ブルー
2月17日は、カイトの誕生日だ。
さぞや、wktkしてるだろうと朝、起きてくると、
「マスター、お早うございます。ご飯出来てますよ」
なんて、カイトはいつも通りそう言いやがるし。…自分の誕生日忘れてんのか?…俺も自分のことはすっかり忘れてたしな。…まあ、それなら都合がいいんだが、問題はカイトがいるとこっそりやって驚かせるってのが出来ないことだ。…さて、どうしたもんかな。味噌汁を啜りつつ、考える。…しかし、カイトの奴、料理どんどん上手くなっていくな。この味、俺好み過ぎるんだが…でも、卵焼きは相変わらず甘い。
「お前さ、やっぱ砂糖、入れすぎだろ」
「えー、甘いほうが美味しいじゃないですか」
「たまには塩味のやつとか食べたい」
「じゃあ、今度、塩味にしますね」
いつも通りの朝の会話をして、洗い物をしている間にカイトが洗濯物を干す。カイトが来て、本当に生活も俺も変わったと思う。朝は食事を取る暇もなく出勤し、帰りは終電スレスレ。食事はほぼ外食かカップ麺、コンビニ弁当で。家に帰って、風呂に入って寝るだけ。休日に溜まった洗濯物を片付けて、後は時間が許す限り惰眠を貪ってた。…あの頃はそれはそれで充実していたし、それが当たり前だと思っていた。でも、カイトと暮らすようになって俺の環境は一変したと思う。こんなにゆっくりまったりした時間を過ごすのが幸せなことだということをいつの間にか、俺は忘れていたのか。
「マスター、終わりましたよ」
「おう」
最後の茶碗を水切りカゴに置いて、手を拭く。今日はオフと決めているので、仕事の予定はない。ズル休みだ。ズル休みのツケは明日頑張るさ。…さて、コイツを家から追い出さないとな。
「カイト、お前、お使いに行ってくれ」
「お使いですか?」
「この店行って、品物受け取って来てくれ。これ、地図と品物の代金、そして電車賃な。少し大目に入れといたから、アイス買ってもいいぞ」
「わーい!じゃあ、出かける準備してきます!!」
カイトはバタバタと部屋を出て行く。…よし。今のところ計画通りだ。
「車に気をつけるんだぞ。後、アイスをあげるからおいでって言われてもついて行かないように」
「…マスター、僕、一応、大人です。ついて行ったりしませんから!!」
お気に入りのマフラーに俺が買ってやったダッフルコートと毛糸の帽子。完全防備のカイトは口を尖らせるとそう言って、玄関の引き戸を引いた。
「いってらっしゃい」
俺がそう言うと、カイトはいつもの顔でへらりと笑った。
「何だか、昔の僕とマスターの立場が逆ですね」
「?」
「いつもは僕が、いってらっしゃいって言ってたのに」
「…そうだな」
寂しいというのを押し殺して、笑顔で玄関まで俺の鞄を持って見送りに来ていたカイトが懐かしい。そんな顔をもう今は見ることもないが。
「気をつけて。転ぶなよ?」
「もう、すぐマスターは僕を子ども扱いするんだから!…いってきます!!」
頬を膨らませたカイトがプリプリしながら、出ていく。それを俺は見送った。
「…さてと、」
まずはケーキのスポンジからだな。
スポンジが焼きあがり、冷めたのを待って、半分に切る。イチゴジャムを塗って、生クリームを薄く塗る。その上に半分に切った苺を並べながら、俺も変わったもんだと思う。誰かのために何かをすることなんて、もうないだろうと思っていたのに。誰かの…カイトの喜ぶ顔がみたいなんて、な。
「…よし、出来た」
板チョコに「Happy Birthday KAITO」の文字を入れて、飾り付ける。久しぶりに作ったが、我ながら上出来だ。…冷蔵庫にしまっておこう。次はメインディッシュだ。鶏が好きみたいだから、鶏にすっか。…ローストチキンだな。
料理もあらかた終わり、後はカイトが帰って来るのを待つだけ。…後、二時間ぐらいか。思ったより、早く出来たな。ソファの上、ごろりと寝転ぶと急速に眠気が襲ってきた。その睡魔に抗うのも億劫で俺は潔く目を閉じた。
「マスター、今、帰りました」
玄関先、声がする。カイトが帰ってきたのか…。ぱたぱたと足音が近くなり、リビングのドアが開く。
「…マスター、こんなところで寝てたら風邪引いちゃいますよ。もう…」
カイトの小さな溜息が聴こえて、荷物を置く音とぱたぱたとまた遠ざかる足音。それがまた戻ってくる。
「…よしっと」
ふわりと柔らかな感触。あったかい。
「…マスター、今日、僕、誕生日なんですよ。…まさか、誕生日をマスターと一緒に過ごせるなんて夢みたいです。…僕、マスターのところに来れて本当に良かったです。…これからも、ずっと一緒にいてくださいね…」
ぽふりと胸にかかる重み。一緒にいて欲しいのは俺だ。そう思うけれど、目は開かない。夢見心地にその言葉を聴きながら、また心地の良い微睡みに落ちていった。
随分、寝てしまったらしい。目を覚ますと辺りは真っ暗で。傍らを見ると俺に釣られたかすうすう、カイトが寝息を立てている。
「…カイト、起きろ」
肩を揺すると、ふにゃっと不明瞭な声を上げてカイトが目を開いた。
「…あ、ますたー、おはようございまふ」
「お早うじゃねぇだろうが。…でもまあ、おかえり」
寝ぼけてるカイトの額を小突く。カイトは小突いた額を押さえ、へにゃりと笑った。
「…マスター、だたいま、です」
「おう。ちゃんと帰ってこれたんだな」
「帰って来れるに決まってるじゃないですか、僕を馬鹿にしないでください」
頬を膨らますカイトの頭を撫でて、起き上がる。さて、晩餐の準備だ。その前に、…と。
「カイト、店から預かってきた品物は?」
「テーブルの上です。取ってきます」
カイトが紙袋を俺へと差し出す。それを受け取り、俺はカイトへと差し出す。
「マスター?」
それに怪訝そうにカイトは眉を寄せた。
「誕生日、おめでとう」
「…え?」
その言葉にカイトが大きく目を見開いた。
「これは俺からのプレゼントだ」
「え、マスター、僕の誕生日知ってたんですか?」
「祝ってもらったからな」
紙袋をぎゅうっと受け取ったカイトが嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます。嬉しいです」
空けていいですか?…と訊いてくるので、頷くとカイトは紙袋から小さな箱を取り出した。アイスにしようかどうか悩んで、迷った挙句、見つけたものが今、カイトが手にしているものだった。
「…オルゴール…だ」
包みを解いたカイトが小箱を開く。
「曲は何ですか?」
「ラプソディー イン ブルー」
「シンフォニックジャズですね。…でも、どうしてこの曲なんですか?」
「「この曲は青い」という言葉が題名の由来なんだと。お前ぽいかと思って」
箱の裏側、巻きねじを巻く。軽快に流れるメロディにカイトは目を細めた。
「…嬉しいです。大事にしますね」
カイトの口元に浮かぶ笑みは今までにないほどにほころんでいた。
そして、暫くは飽きることなくオルゴールの奏でる青い曲をカイトは笑みを浮かべたまま聴き続けていた。
Happy Birthday.KAITO
作品名:カイトとマスターの日常小話 作家名:冬故