あいつだってやってた
「耳真っ赤っか」
「何すか、トムさんのせいじゃないすか…」
自分はそこへキスする前に何か真っ赤なものを食べたんじゃないかと思えるくらいに、静雄の耳は赤い。
「…いちごのかき氷?」
「え?」
「や、いちご味食べた時の舌みてーな色してんなと思って。耳」
髪で隠れた耳をあらわにして、呟く。
痛んでいるパサパサの髪は指ですけば意外にふわりと軽く柔らかい。
そういや近頃、頭を撫でてやれなかった気がする。
すぐ気付いてやれなかったのを棚に上げて今その埋め合わせをしているのに、静雄は多分気付かない。
静雄は、撫でられるのは子供じみてて嫌だと言ったこともあった。
それに先輩面したい我儘なのだと返してから、静雄は何も言わず今までと同じように撫でられている。
心地よいのかどうかはわからないが、嫌なのに我慢をしているという素振りはない。
つぃ、と耳の輪郭を親指でなぞる。距離が近いと自然にそういう行動に出てしまうのは、サービス精神旺盛というのか、慣れというのか。
「…あ、」
「静雄?」
「ぁあぁああぁああぁああああ!!」
突然に、撫でる手を引きはがされた。
青筋が浮かんだ顔から理解する。
「あぁうぜえぇ…こんな時に思い出してんなよ俺はよぉ…!!」
ああまたか…
頼むから、あんまし呼ばないでくれねえのかな…
静雄がその名前を呼ぶのを理性で止められないのは分かっている。
ならば。
「……ぃいいざぁッ…!…!!」
ぺち。
口を両手で覆ってしまえば早いこと。
「やめろそれ。たぶん今一番聞きたくない気がするわ」
言わなくとも何となくわかる。
静雄の耳に折原臨也が触れたのだろうと情景は浮かぶ。
静雄よりは2歳も歳をくっている分、我慢はできる。
静雄よりは常人に近い分、顔に出さないこともできる。
だとしても、たとえ悪意が何万倍も薄められた悪戯だったとしても、想像して生じたイライラはやんでくれないのだ。
あいつだって、静雄にこれをやってたのか。
せめて違うふうに静雄が受けとめてくれていたなら、優越感に浸れたのにと思う。
優劣で測りでもしないと平常心でいられない。
日常的に静雄が発していた言葉だというのに、胸の内にザラザラとした何かが溜まっていく。それが積もり積もって、時に我慢ならないほどの不快感をもたらす。
もう、とっくにどうかしているのだ。
「あの。・・・・トムさん」
「…うん」
主人のご機嫌を窺うような目。
そっと包まれる自分の両手。
「あの、ごめんなさい。また…」
「うん。」
「あの俺…約束しますから、次は」
「破る」
「…え」
自らの悪い予想が当たったと言いたげな顔をした。
どうしていいか分からずに身を引こうとする静雄を、逃がすまいと腕をつかむ。
「だーから、破るから、お前。いいよ約束なんかすんな」
くしゃくしゃと髪を撫でながら静雄の顔を自分の胸に埋める。
信用ないってことスかと呟く声が聞こえたが、聞こえないふりをした。
少しは反省すればいい。
意地が悪い。
静雄が思うような、万能優男ではないのだ自分は。
ぎゅうぎゅうに抱きしめれば、トムさん…ギブ、とまた呟く声がした。
作品名:あいつだってやってた 作家名:ゆえん