僕にも意地はあるんだよ。
彼女は意外と（と言うと、きっとすごく冷たい瞳で睨まれる）可愛いモノが好きだ。
テレビで動物の子供が特集されていたりすると必ずといって良いほど見入っているし…
施設内に紛れ込んで来た鳥の雛をこっそり育てていたこともある。
…分かっては居るけれど………
『 僕にも意地はあるんだよ 』
「私は一之瀬君かなぁ〜」
「えー！やっぱ円堂君じゃない？」
「豪炎寺君もいいよね」
「あ！ウルビダは誰が良いと思う？聞いてるだけなんてズルイよ〜」
とんでもない所に遭遇してしまった…。
珍しく、いつもより早い時間に園へと帰宅してしまった基山ヒロトは、自分の軽率さを深く後悔する。
すっかり乾いた洗濯物を取り込みながら、女子達が楽しそうに盛り上がっているこの状況。
（………出にくい…）
どうやら話題は、先日自分達を間違った考えから救い出してくれた雷門イレブンについてのようだ。
（そしてこの流れは「好きなタイプは誰？」的な話題…だよね）
男子である自分が今このタイミングで出て行くのはどうかと思うし…
かといって、立ち聞きしているのがバレたらもっと気まずいことこの上ない。
キッチンへと続く廊下の途中、物置スペースになっているそこへ上手に身体を滑り込ませたヒロトはそれでも、興味的な内容に全身全霊を傾けていた。
「私か？…そうだな………」
「そういえばウルビダの好みって聞いたこと無いよね」
「マキュアも！気になる！！」
「いや…そんな風に言われたらウルビダだって答えにくいだろう…」
「…あえて言うなら……………吹雪…かな」
「「「「「「えーーーーーーーーー！！！！！」」」」」
（えええええええええええええええええ！！！！！）
その場に居たウルビダ以外の女子（プラス男子１名）の絶叫が、昼下がりの穏やかな空気にこだまする。
「吹雪君っ！？え…ウルビダってあぁいう子が好みなんだ〜！！！！」
「意外なのが来たわ〜(笑)」
（え…、吹雪？…吹雪君？？？？ え………？）
口々に驚く女子達と同じテンションで驚きすぎてしまい、思わず騒動の輪に加わるところだったヒロトは慌てて再度廊下に身を隠す。
危ない………。
この空気の中、出て行くのは自殺行為に等しい暴挙だ。
「…そんなに意外か？」
「意外っていうか………意外だよ(笑)」
「えー、吹雪君のどこがいいの？あの何かポヤンとしてるところ？それとも顔？ …あ、必殺技が格好良かったから・とか？？？」
（そうか必殺技か！そこは盲点だった………。うん…それなら納得出来るかな！）
「………必殺技のことはあまり思い出したくないな…」
「え〜、じゃあ顔？？？あぁいう王子系が好きだったの？」
（王子！？…ウルビダは王子が好きなの！！？）
聞いてない。
そんなこと聞いてない。
昔みんなでディズニー映画を見ていた時は、「こんな軟弱な男は願い下げだな」って言ってたのに！
彼女はピーターパンより、フック船長派だったハズだ。
「いや…正直、顔はあまり覚えていないんだが…」
「何それー！じゃ、どこが好きなの？身体？性格？それともマニアックなところで声とか？？？」
（ちょっと！その選択肢はどうなの？女子って皆そういう基準で男子を見てるの！？）
「………髪型…かな」
「「「「「かみがた！？」」」」」
「あぁ。…こう……ヒヨコみたいで…可愛いかなと………」
あまりに驚く皆に、ちょっと後悔しているような小さな声が聞こえる。
（そこか…！）
確かに。
吹雪は身体も小さめだから、外側にハネた後ろ髪や頭頂部の毛が、動くたびにピョコピョコ揺れていた…ような気がする。
ウルビダの視界的にも、ちょうどあの部分が一番目に入りやすい…のかもしれない。
「えー…じゃあ、顔とかで言ったら誰なの？」
「そういう風に見たことが無いから…そう言われても……」
「ちょっと！それ女子としてどうなの！！」
「…マキュアはそういう風に見すぎ……」
「でもあたし、ウルビダはグランみたいなのが好きなのかなって思ってた〜」
（！！！！！！！！？？）
「グラン？…あぁ……それは無いな」
「えーなんで？二人とも仲良いのに」
「いつも一緒に練習とかしてるもんね〜」
「今はサッカーとは関係無い話だろう？ヤツのことは、そういう対象として見たことが無いからな…」
「…バッサリだ(笑)」
「でも結構グランはウルビダのこと好きそうに見えるけど」
「…いや……あいつが好きなのは円堂守だろう…」
「「「「「あぁ………」」」」」
一斉にもらされる納得の溜め息になんとも居た堪れない気分になり、ヒロトは静かにその場を離れる。
女子トークは恐ろしい………。
まさか自分にまでその矛先が向くとは思わなかったし…
（「そういう対象として見たことが無い」って………そうか…）
意識されすぎて居ても複雑だが、全く意識の外というのも…空しすぎる………。
（オレは意識の範疇外なのに吹雪君は……………）
今まで味わったことのない種類の敗北感に、自室にたどり着いた時にはベッドへ倒れ込んでしまった。
それに。
確かに自分は円堂のことを物凄く好きだが…それを好きな女の子に溜め息交じりに言われるのはとても切ない。
「………よし。…ん？」
ヒロトが固く決意をすると同時に、マナーモードにしていたケータイが上着のポケットで震え、着信を伝える。
見知らぬ番号からのその着信は、ヒロトに新しい出会いをもたらす物だった。
* * *
ガラっ…
夕飯も終わり、片付け当番の子たちに後を任せてキッチンを出たところで、外出先から帰宅したヒロトがちょうど玄関のドアを開けて入って来た。
世界大会の日本代表選抜候補に選ばれ、その諸連絡の為に出かけているのだと夕飯の時に説明を受けていたが…
「あぁ、おかえ…」
おかえり・と続けようとしたウルビダは、出て行った時の彼との違いに、一瞬言葉を途切れさせる。
「ただいま。ねぇ、ウルビダ。この髪型…どうかな？」
そう言って彼女の目の前でクルっと１回転ターンをするヒロトの髪は、ストンとしたストレートだったサイドの部分が少し外側に向かってピョコンと跳ねていて…
「代表に選ばれて出かけていったというのにそんな………どうしたんだ？一体…」
「んー、ちょっと気分転換…かな！」
可愛らしく小首をかしげると、跳ねた部分の髪がピョコピョコ揺れる。
そんな自分を見つめるウルビダの瞳の中に、裏庭でヒヨコを見つめている時のような嬉しそうな色を見つけたヒロトは、心の中で小さなガッツポーズをした。
（よし。オレ、この路線で行こう…！）
翌日。
円堂守は、前にも増して輝く笑顔で駆け寄ってくる基山ヒロトと雷門中の体育館で再会した。
「ヒロト！久しぶり！！お前なんか感じが変わったなぁ」
「ありがとう円堂くん！君にも可愛いって言ってもらえると嬉しいなぁ！」
「かわ………？」
「うん！やっぱり好意的に視界に入るところから第一歩をはじめないとだよね！」
作品名：僕にも意地はあるんだよ。 作家名：抹茶まつ