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てんさい の ゆううつ

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「なぁ豪炎寺!腕相撲しようぜ?」
「…は?」




 『 てんさい の ゆううつ 』





 週に1度のミーティングの時間。
 視聴覚室の音無達の所へ足りないデータを受取りに行ってくると出て行った鬼道だが、かれこれ20分が経過しても帰ってくる気配は無く。
鬼道を待つ部室内で、時間を持て余した円堂ほど厄介なものは無い。
 外は雨音も激しい豪雨で、他の部員達は皆筋トレに出て行ってしまっている。
 書類に書かれた数字を追っていても眠くなるだけの自分と戦っていた豪炎寺は、突然の円堂の申し出にうまくツッコミ返してやることが出来なかった。

「今日さ、昼休みに皆で盛り上がったんだよ!お前日直の仕事で居なかっただろ?だから〜…」
「…待て円堂。キーパーのお前とオレが腕相撲をしたところで、勝敗は目に見えてるだろう」
「えぇー」
「それに、そろそろ鬼道も帰って来るんじゃないのか?こっちにも目を通しておかないと話し合いにならないぞ」
「何となく見たから大丈夫だって〜。オレ、豪炎寺とも対戦してみたいんだよ〜!」

 雨だし、外で思いっきり身体を動かして練習出来ないし…
 気持ちが沈みかけている円堂はそろそろ限界のようだ。

「……終わったら、ちゃんと予習するんだろうな?」
「おうっ!」

 鬼道に見つかったらまた色々言われるのだろうなと思いつつ、一気にテンションのあがる円堂にまぁいいか…と思ってしまう自分は、やはり甘いのだろう。

「よっし!じゃ、右手で良いよな!?」

 机の上から書類を避難させつつ、嬉々として腕を構える円堂に苦笑が漏れる。

 ガシッ

「…ん?」
「………」

 肘を机につき、お互いの右手をガッシリと握り合った所で、二人とも動きを止めてしまった。

「…………豪炎寺ってさ…けっこう手、柔かいんだな」
「なっ、、、何を言うんだ突然」
「やー…だって、さっきクラスのヤツらとやった時、こんなに柔かいヤツ居なかったぜ?」
「そんなことは無いだろう…」
「いーや!絶対そうだって!なんか………すべすべしてる???」
「っやめろ円堂…」

 握手をするよう右手だけで握り込んでいたのに、今や両手で触り始めるのだからたまったものではない。

「ホラ!オレの手と全然違うじゃん!」

 すっかり豪炎寺の右手を両手で包み込んだ円堂は、自分のそれと並べて色んな角度から見つめてしまっている。

「お前の手と違うのは…当然だろうが……」

 グローブをしているとはいえ、毎日あれだけの練習をして、鉄塔広場でさらに特訓をしている円堂の手の平は厚く、大きい。
 普段あまりまじまじと見る機会の無い円堂の素手を急速に意識してしまい、豪炎寺は一気に体温が上昇する感覚を止めることが出来なかった。

「豪炎寺、指ほっそいなー」
「円堂……もういいだろう…」
「えー。なんか、お前の手ってあんまり見ること無いから面白くてさ…」
「…オレのことはいいから………。腕相撲、するんだろ?」
「んー……もうちょっとだけ…」
「っ!!!?」

 手の平同士を合わせてみたり指に触れたりしていた円堂が突然指を絡めて握り込んで来た為、豪炎寺は思わず目を瞑り、首を竦める。
 ぶ厚い手の平と節立った指の感触がリアルで、全身の熱が右手に集中したような感覚に鳥肌が立つ。

「へへっ…結構カンタンに、ぎゅって出来ちゃうモンなんだな」
「っ…円堂っ!!!」
「…豪炎寺の手、心臓みたいにドキドキしてる」
「ちがっ…それはお前の方だろう!?」
「そっか?…んー………やっぱり豪炎寺の手だよ」
「…もう、離してくれ円堂………」

 空いている左手で、がっしりと握り込まれた円堂の手を離そうとするが埒があかない。
 結局その左手まで一緒に掴まれてしまい、全力で抵抗してもビクともしない円堂の腕力に、どうして良いか分からなくなる。

「なんか不思議だな〜」
「………何がだ…」
「オレの手と豪炎寺の手が、こんなに違うなんて思わなかった」
「当然だろう…お前はキーパーなんだから…」
「…そっか。それならオレ、キーパーやってて良かったな」
「………?」
「だって、そしたらオレだけがこうやって…豪炎寺の手を捕まえられるってことだろ?」
「…そうだな。………こんなことするのは、お前だけだ」
「ヘヘっ」
「……どうしてそこで笑うんだよ…」

 いつものニカっとした笑顔では無く、はにかむように笑う円堂に、つられて肩の力が抜ける。
 自分の手だけが熱いようで、そのことが恥ずかしかった豪炎寺だが…そんなことはどうでもよくなってしまった。
 今では、同じくらい速くなった心臓の鼓動を告げる振動が、円堂の手からも伝わって来ている。

「豪炎寺………オレさ…」
「すまないな!さぁ!!すっかり遅くなってしまったがミーティングを始めよう!」

 ガラリ!と。
 雨音と雷鳴の逆光を背にした鬼道が勢い良く部室のドアを開け放ち、何かを言いかけた円堂を遮った。
 いつのまにそんなに酷くなったのか。
 横殴りの雨が地面を叩き付ける音が、思い出したように室内に居た二人の耳へと届き始める。

「………腕相撲はまた今度にしてくれ…」

 若干脱力した鬼道は、横に避けられていたデータ表の束を、未だに握り合ったままの手の上にペチンと落とす。

「おー!豪炎寺、決着はまた今度な!」
「あ、、あぁ!」

「…………そして出来れば、オレの居ないところでやってくれ…」

 バラバラに落とされたデータ表を拾うことに必死な二人の耳には、鬼道の言葉は届いていないようだ。




「あれ…外の雨、そんなにひどかったのか?鬼道ずぶ濡れじゃんか」
「あぁ。早く着替えないと風邪を引くぞ」
「…所構わずやってくる天災は本当に厄介だな………。オレがユニフォームに着替える間に、円堂はしっかりソレに目を通しておいてくれ」

 斜めに叩き付ける暴風雨の中。
 入るに入れず部室の前でタイミングを計っていた鬼道の苦労を察してくれる人間は、残念ながら今この場所には皆無だ。

 古来より、『天災は 忘れた頃にやってくる』というが。
 この『天災』は無自覚な分、忘れた頃など待たずともやって来そうな気がしてしょうがない。

「……………」 

 思わず遠い目をしながら、鬼道は重く湿った学生服を脱ぎ捨てる。
 …あの二人に突っ込める人材をどこかから監督がスカウトして来てくれないか、半ば本気で祈りながら。 







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