悪魔と受難と恋と血と
これは罪の話、一度だけ、一期一会の恋(と、いう名目の決して許されるはずない大罪)を犯した年若い男二人の話
血だらけになったリノリウムの上に倒れたらくちづけて、むせかえりそうにあまい死臭と一緒くたにしたいちご味の唾液を味わわせてやる
「美味いか?」
「甘い」
「まだ欲しい?」
「もう一度」
「好きになった?」
「……どうだかな」
えらくひねくれたヤツだ、なんてトニーは考える。考えながら、ヤツは一体どんな深さの底に素直になるってことを落っことしてきたんだろうかとも考えてくちづけ続ける。仕事の前にたべたストロベリー・サンデーの、あまさばかりが口中に濃く残っていた。
「甘いの、嫌いだっけか」
訊いても息を継ぐのに必死なギルバは答えない。
「そうか、甘いの、好きか」
ので、自己完結した。
「だって今ここには甘くないモンなんてありゃしないからな、死臭は甘い。どんなゲス野郎のそれも、死んじまったら不思議と甘いんだよ」
あまきかおりは死のにおい。トニーはそうと信じてやまない。いつからだろう。すっかりわからないが、本能がしきりに叫ぶのだ。
だからあまいストロベリー・サンデーを口にするとき、トニーは真赤ないちごのソースを見てはああ、こりゃあ滴る血だ、と思うし、ふんわり盛られたしろいクリームを見れば、こっちは肉だな、斬り口からのぞく人肉は脂肪ばかりで白い、と思う。人間に喰らいついている感覚。カニヴァリズム。
「……確かに、一理ある」
唾液にぬれた口元をぬぐってギルバが言う。彼にしては珍しく異を唱えない。
「『甘き死を』、とも言うからな」
ぬぐう手に巻かれた包帯は誰のものとも知らぬ血を吸ってあかく染まっていた。上質なスーツの生地にも血は滲み、深いグリーンは今やもう何色なのか判別することができない。
滲みこんでなお床に広がる血はびちゃりびちゃりと音をたてるほどにある。ギルバもトニーもターゲットを姿かたち肉片すらあるのかないのかというほどに斬ってしまったから、まあ、納得、仕方ない。
「なるほどね」
トニーはギルバの言葉を受けてわらった。
「あんたにやろうか。『甘き死を』」
「殺すことができるならば」
ふたりしてわらっていた。くだらない遊びだとわらった。おかしなことだ、滑稽だ。
それでも今くらいはこの遊びにおぼれてやってもいい、かまわないとふたりは思う。だからトニーはギルバの首すじに噛みついたし、ギルバは細い脚をトニーのからだにからめた。ああ本当、くだらない、なんにも生みださないセックス。
(BGM いちご殺人事件)
ギルバ、バージル、ギルバ。
「ああ、あんた、なあ、なんで」
貴様に殺された、甘かった、あまかった
作品名:悪魔と受難と恋と血と 作家名:みしま