成り上がりのポーン
かと言って、仲が良かったことを否定したいわけではない。あんなことを言った後だから信じて貰えるとは思わないが、周りに誰もいなかった俺にとって日本は確かに貴重な存在であったし、だからこそ俺は精一杯支援もした。ただし、それもどうせ終わると思っていた。日本はロシアに負け、欧州の食い物にされて終わるだろう。俺は手を引き、再び孤独の道を歩むのだ。
しかし日本は、ロシアに勝利した。俺の予想を完全に覆して見せた――。
「勝利したとは言えません。」
それなのに日本は、ロシアとの条約を直前に控え、疲弊した、しかし強い言葉でそう断じた。
「日本。」
「運が良かったのです。国民の方々は知らなくとも――私には分かる。後少しでもロシアが戦争を継続しようとしたら、負けていたでしょう。」
その言葉が真実であることを知っていた俺は、反論を口にすることが出来なかった。
日本は既に、借金に埋もれんばかりだった。もし、ロシアで革命の話がなかったならば。金のなくなっていた日本が敗北する未来は、決して想像出来ないものではない。
「結局私は、強くはなかった。あなた方大国に認められようなど、浅はかな夢だったのかも知れません。」
日本は、そこで沈黙した。同時に俺は、決意した。この小さな島国を認めよう。極東の小さな島国。俺と同じ境遇にあった筈のこの日本という国が、この大英帝国と肩を並べるに相応しい国であることを、認めよう。
「イギリスさんも、失望なさったでしょう?ご期待に添えなかったこと、謝罪します。」
「違う。」
「イギリスさん?」
「俺はお前を、認める。お前は、俺の予想を越えた。むしろ、お前のことを軽視していた俺こそ謝るべきだろう。」
日本の目が見開かれるのがよく分かった。信じられないといった様子だった。それはそうだろう。ついこの間まで、俺と彼は全く違う存在だった。力も、格も、全てが違う存在だった。その俺が、肩を並べようと言うのだから。
「イギリスさん、私は」
「まだ正式な話ではないんだが。」
俺は日本の言葉を遮り、ある予定があることを伝えた。
「我が国は日本国へ、同盟の更新を提案したいと考えている。」
「更新…?」
「適用範囲の拡大と、それから有効年数を10年とする。対ロシアだけでなく、もっと世界的な意味に於いて、日本国を我が国のパートナーであると認める。」
日本は暫く驚いた素振りを見せていたが、徐々にその顔に落ち着きを取り戻すと冷静な口調でこう返した。
「韓国の保護権は認めて下さいますか。」
それは、日本にとってとても意味のある問いであるに違いなかった。帝国主義を築き上げた俺だから分かる。日本は、本当に認められたのか。本当に帝国主義の列強の一として認められたのか、問いたいのだ。
だから俺は、頷いた。
「それも内容に加えよう。」
「本当に?」
「確かだ。」
「私で、宜しいのですか。」
「お前だから、いいんだ。」
「私は、あなた方ほど強くはありません。」
「いや、強い。俺には勿体ないくらいに。だから」
俺はそこで言葉を切って、右手を差し出した。あの時と同じ様に、もう一度。
「俺の友達になって欲しい。」
漸く日本が、にっこりと笑った。俺の好きな、笑顔だった。
「私で宜しければ、喜んで。」
俺より少し小さな手が、確かに俺の手を握り返した。