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サンシャイン・オードブル

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カレンダーを見て、ふと手を止めた。一月三十日。そうか、今日は。
思い返すのは106年前。戦争のただ中にありながら、どこか穏やかだった時間の流れ。自分の手で断ち切ってしまった時間の流れ。
今はもう戦争も終わった。目まぐるしく移り変わるシーンはあの頃とは比べようもなく平和。けれど、その中に彼の姿を見つけるのは難しい。断ってしまったあの日から、自分と彼は遠くなった。
(イギリス、さん。)
覚えていてくれるだろうか。自分の中では昨日のように鮮やかな記憶も、彼の中では破綻の記憶に紛れて消えてしまっているのではないだろうか。今日は大切な日。自分と彼にとって、とてもとても大切な。けれどもしかして、そう思っているのは自分だけ?
考えていたら、悲しくなって。涙こそ流さねど、もう仕事なんて手に着かなかった。点いては消える、記憶の映像。そうだ、あの頃の自分は彼に助けられてばかりだった。思えばそれは、とてもただの友達などとは言えない人。大切で、同時に多分――大切にして貰っていた。
(…なんて、自惚れを。)
自嘲した。心の底から、自嘲した。
そんな関係を断ったのは誰。彼の行為を無碍にしたのは誰。
(私、だ。)
考えるまでもない。だから今、彼は遠いのだ。近付こうとしても上手くいかない。仲良くしましょうね、と言って、それだけ。政策だけで、それも政策の予定だけで終わっていってしまう。繋がらない。断たれた糸が、繋がらない。バラバラでちぐはぐ。表面的な関係。あああの頃はどこへ行ってしまった?そうだ、自分が壊した。壊してしまった。
だから許されないのだ。再び仲良くする事も、この日を思うことでさえ。ほらだから、今自分はこんなにも辛い思いをしているじゃないか。忘れてしまえ、忘れてしまえ。無駄な思いなど捨ててしまえ。持っている資格など、お前にはない。さあ、早く…
そんな時だったから。とてもとても驚いて、そしてもしかしたらと期待した。
――――電話が、鳴った。
縋るように受話器をとって、震える声を口から吐き出す。お願いだ、お願いだからあの方であって。この引き裂かれそうな心をつなぎ止めて、あの悪魔の声から逃れさせて。
「もしもし。」
『――日本?』
「…………イギリス、さん?」
何を言っている、そんなわけない。そんな都合良くいくものか。もう一回、落ち着いて声を聞け…
『ああ、そうだが。どうしたんだよ?そんな泣きそうな…日本?』
答えがないからか、戸惑ったようなイギリスの声が受話器から流れた。
…奇跡。これは奇跡。こんな日にしか訪れない奇跡だ。
つ、と一筋。水滴が落ちた。
『日本?おいって…どうした、またアメリカに何か…』
その言葉に思わず笑いが零れ出た。全く変わっていない。優しいひと。
受話器を持ち直す。久し振りに話す気分だった。凍っていた時間が、また溶け出したかのよう。
『日本、』
「すみません。何でもないですよ。ちょっと玉葱を切っておりましたもので。」
『え、あ、もしかして食事作ってる途中だったか?』
「大丈夫です。ご用がおありなのでしょう?」
笑いさえ含んで言っている自分。先ほどまで泣いていたなどと、誰が気付けよう?
案の定気付かなかったらしい受話器の向こうの彼は、暫く沈黙した。言い淀んでいる様子が容易に想像できて微笑ましい。
ややあって、声が再び耳に流れた。
『ほら、今日はその…あれだろ、記念日っていうか…』
「はい。」
『だから、』
「イギリスさん。」
仕事など知ったことか。
「会いたいです。」
『ああ。』
え?
耳を疑う。
『今、日本の家の前に居る。』
晴れた日には、共にデートを致しませんか。