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【サンプル】 Transient Happiness

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二人が池袋を歩くとき、決まった目的があることは少ない。ただ他愛のない話をして、お互いの興味が一致すれば立ち止まる。それは怪しい露天商だったり、道端で出会った猫を構ってみたり、公園をただ歩いてみたり。この日は公園の方へと足を向け、静かな場所で過ごすことになった。どちらかが言い出したわけではなく、ただ自然にお互いの足が同じ方を向いていた。
「沙樹、公園好きなんだ」
「どうかな。あんまり来たことないから、珍しいのかもね」
公園のベンチに腰をおろし、正臣は何気なく沙樹に問いかける。返ってきたのは寂しそうな笑顔と言葉。手の中にあるジュースの缶を握り、沙樹の視点はそこに定まってしまう。そこから視線が動く気配はなく、少しずつ缶を握る手に力が加わっている。隣で見ていて感じた変化に動じた様子も見せず、正臣は突然立ち上がり沙樹の前に立った。
「あのさ、沙樹。ひとつ提案してもいい?」
「何?」
目の前に立つ正臣へと、沙樹の視線が移動する。少し固いものの、はにかむような表情で正臣の顔へと目線を移動させた。視線が自分の方へ向いたことを確認し、正臣は沙樹の顔の前に人差し指を突き出した。突然指差される形となった沙樹は不思議そうに正臣を見上げる。
「どうしたの?紀田君」
「そのさ、紀田君ってやめない?」
「でも、紀田君は紀田君でしょ?」
正臣の提案に対する返答は、疑問。そんな沙樹の言葉に正臣は首を横に振った。
「そうじゃない。そうじゃないんだよ、沙樹」
「何がそうじゃないの?」
「遠いじゃん」
「遠いって…何が?」
かみ合わない話に、沙樹は首を傾げる。彼女に分かるのは、なぜか正臣が呼び方を気にしているということだ。だが「遠い」という正臣の言葉の真意は、沙樹には分からなかった。
「距離。俺と、沙樹の。ちなみに物理的なものじゃなくて、関係の距離」
「関係の、距離?」
「そう」
正臣の言葉を受け、沙樹は少しの間を置いて口を開いた。
「じゃあ…正臣、でいい?」
「もちろん! なんかさ、名前で呼んでもらうと一気に距離が縮まる気がしない?」
「…そう、かも。臨也さんも、名前で呼んでから優しくしてくれるし」
過去を思い出すように、沙樹は表情を和らげる。視線は正臣に向けられている。けれど、その視覚が見ているものは正臣ではなく、沙樹が異常なまでに信頼している男。不快以外の何者でもない感情を、正臣は心の奥にしまいながら、沙樹に笑顔を向けた。
「じゃあ、これからよろしく。沙樹」
「うん、正臣」
微笑みながらの言葉に、正臣もつられて笑顔になる。正臣はここしばらく、こんなに優しい声で、しかも女性から名前を呼ばれることが無かった。目の前の愛らしい、好きになりかけている相手から名前を呼ばれ、正臣の頬がほんの少し、傍目には分からないほど微かに赤く染まった。