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神の翼

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先刻までつまらなそうに魔物に餌をやっていた子供は、いつの間にか、炎を映すスクリーンを食い入るように見つめていた。ラボの投影機が映し出すのは戦場の光景だ。今回はウータイだったか。荒涼とした砂地に銃声と轟音が響き、やがて画面が映し出すのは原型を留めぬ死体ばかりになる。
 変わり映えのしない、戦場の風景だ。
 その何が楽しいのだろうか。熱心に画面に見入る子供に、私はいささか呆れた。スクリーン越しの戦場など初めて観るわけでもあるまいに。それとも父親と同じように死体の頭で金勘定をするのが好きなのだろうか。
 だが子供の視線の先を辿り、私は漸く彼が戦場ではなく、荒野の中で剣を振るっては敵の首を飛ばす兵士に魅了されているのだと気づいた。
 兵士の名はセフィロス――私が作り上げた生物の中で、最高傑作とも言える男だ。
 私自身は戦には興味がない。どこの民族がどれだけ死のうが、地図の名前が書き換わろうが私の研究にはなんら関係のないことだからだ。だが己が作り上げた生物が木の枝を踏み折る容易さで無造作に人を殺す、その様を観るを厭うはずもない。
 人間は脆く、壊れやすい。だが私の作り出したあの生き物の、なんと美しく強いことか。人の器など仮初の宿に過ぎず、彼はやがて神としてこの世界を侵食するだろう。それは実に甘美な想像だった。
「セフィロスを気に入ったかね」
 そう問うと、子供はスクリーンから視線を外して私を見上げた。魔晄を湛えずとも深い青を宿した瞳には不敵な笑みが浮かんでいる。
「……面白いな。絶対的な力の前には、人など塵のようなものだ。だが悪くはない。ここまで圧倒的だと美しさすら感じるな」
 未だ十五の子供だが、父親よりはよほど審美眼に優れ、頭も良いようだ。賢い人間は嫌いではない。少なくとも愚か者と話す時のような不快感はないのが良い。
 私はまた少し気分が良くなって、滅多に抱かぬ親切心で子供に教えてやった。君のその手が震えるのは美しさに感動したからではなく、恐怖を感じているからなのだと。
 子供は「なるほど」と小さく頷く。
「これが恐怖、というやつなのか」
「いかにも。死を恐れる本能とも言えるがね」
「本能」
 反芻し、子供は薄い唇を笑みの形に引いた。
「なるほど。恐怖で本能を震わせ、世界を傅かせるのも悪くはないな。少なくとも、金と虚言を浪費するよりはよほど効率的だ」
「ルーファウス様」
 くつくつと喉奥で笑う子供を、影のように傍らに立っていた男が名を呼んで嗜める。
「お言葉が過ぎますよ」
「戯言だ、聞き流せ」
 軽く肩を竦めて子供が小言を流す。黒衣の男はそれ以上は何も言わず、ただ黙って嘆息し、眉間の皺を深くした。死神と恐れられるタークスも子守としては三流のようだ。
 まあ子供の思惑も、私にとってはどうでもいいことだ。私はただ、私の作ったあの美しい生き物を神に作り変えたいだけなのだから。
 そう言うと、子供は興味深そうに片眉を上げて笑う。
「そんなまどろっこしいことはせずに、お前が神になればいいじゃないか。他人を神にして何が楽しい?」
「飛ぶ鳥を見た人間が皆、翼を欲するわけではないのだよ。若君」
 子供の思考は短絡的でいけない。嘆息と共に私は彼を諭した。
「私は空が飛びたい訳ではない。私の作った翼を背負い、飛翔する神を見たいのだ」
「……科学者というのは皆、こうもロマンチストなものなのか?」
 いささか疲れた面持ちで子供は傍らの付き人にぼやいていた。子守男は是とも否とも答えず沈黙を守る。答えを期待していた訳でもないらしく、子供は肩を竦めると椅子から立ち上がった。
 やれやれ、漸く退散してくれるようだ。
 踵を返し、立ち去りかけた子供は不意に足を止めた。
「太陽に近づき過ぎた英雄は蝋で固めた翼を解かされ、地に堕ちた――そんな神話もあったな。お前の神がせいぜい墜落しないよう、僕も微力ながら祈っていよう」
「心配は無用だよ、若君。私の作る翼は糸で繋ぎ蝋で固めたような不実な翼などではない。真実、神のための翼だ」
 子供は軽く片手を振って部屋を出ていった。漸く私のラボに静寂が戻る。回し放しにしてあった投影機を止め、奥の研究室へと向かった。
 いつか神の翼を作り上げるためにも、私には研究すべきことが山とある。さしあたっては効率良く人間を屠る魔物を作り上げなければ。
 幸いにして夜は長い。今夜のうちに実験を進めることは出来そうだ。運が良ければ仮眠を取ることくらいは叶うかもしれない。

 明け方にはきっと、飛ぶ鳥の夢を見るだろう。
作品名:神の翼 作家名:カシイ