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かつみあおい
かつみあおい
novelistID. 2384
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バイカル湖、冷えてます

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 多分、飛行機に乗ったような気がする。
 多分、列車に揺られたような気がする。
 多分、手を引かれて歩かされた気がする。
 一回転んだ後は、負ぶわれたかもしれない。思い出したくないけど。

 アイマスクを外されたそこは、空気よりも透明な青が広がっていた。
 空もひたすら白く、白く。吐息で新しい白がどんどん出来あがってくる。平面、平面。青い平面の上は、病院の床のように硬かった。
 ぴゅいぴゅい鳴った音に反応して振り向けば、真っ白なアザラシが母親のそばで日向ぼっこしていた。あ、かわいい。俺好みの触り心地に違いないと、歩きだして、近づいて、なでなで~なでなで~なでなで~~。
 戦前から愛用している、短針が12時を指すと、小さなハトが飛び出す弟自作の腕時計が、180度長身が動いても、プロイセンはまだ撫でていた。

「ケセセセセ、素晴らしく俺好みのさわりごこ……ってここドコ! 寒いぜこんちくしょう!!」
「あははははは、野性動物、勝手に触っちゃだめだよー。君が人間だったらおしおきしてたところなのに残念」

 隣のロシアに突っ込む。
 裏拳が腹にめり込んだはずなのに、顔色ひとつ変えないこの氷河期の恐竜のような国家は、(兄さん、氷河期には恐竜はいないぞ、とどっかの弟からの電波が送られてきたが、プロイセンはまったく気づいてはいなかった)すみれ色の瞳でこっちを見下ろしてくると、この辺にしては割とここあったかいんだけどと弁明した。

「あったかいって、何度だ?」
「氷点下二十度」
「どこがあったかいんだよどこが! 寒さで体内時計狂いまくってるだろうお前」
「やめてよ~本当にあったかいんだってば、ここの沿岸離れると、氷点下三十度なんだから~、やめてよ~」

 えいえい、ロシアの腹をついてやったが、これはプロイセンがこの攻撃ででも彼にとっては痛くもかゆくもないということを知っての上でだ。いいマッサージになって代謝が上がれば骨太も治るかもしれない、ケセセセセs俺って親切! 俺様脳はまことに都合良く働く。
 だが、神はなかなかバランス悪く、俺様脳は結構よく働く。

「沿岸? ここ海なのか」
「惜しい。うちで一番大きい湖。おまけにすごく深いんだ~。えっとねー、神様がこの湖を掘った土を、東の海に捨てたら、それが日本君になったとか何とか」
「それ、俺がヴェストに聞かせた、赤ちゃんはジャガイモ畑から産まれるってのよりタチの悪い冗談だな。で、どのくらい大きいんだ?」
「すごく」
「情報は具体的なデータとして提示しろっていつも言ってるだろ」
「あ、そうだったそうだった。うーんとね、面積は三万平方キロメートルと少々ってとこかな」
「ノルトライン=ヴェストファーレン州と同じくらいかよ! デュッセルドルフもケルンもすっぽり中に入っちまうってことか!」

 言ってしまった後で、慌てて口を手でふさいだ。西の地名を言ってしまうなんて、浅はか過ぎた。
 しかし、ロシアはそれを流し目で見ただけで、持ってた袋を探り始めた。

「別にいいよ。僕以外誰も聞いてないから。はい、これ耳当てとスケート靴」

 ピンクの耳が四本も飛び出ていた。しかも、微妙に左右非対称である。どう見ても、物資が乏しい中、夜なべして作った感が出ている。

「何だよこのウサギ柄」
「姉さんからのプレゼント。嫌なら付けなくていいけど」
「くそっ、背に腹は代えられないぜ」

 プロイセンは半ば強引に奪い取った。顔は、冷気の割にちょっと赤い。うっかり、両サイドににっこり笑うウサギをやっぱり撫でている。
 嫌がらせのつもりが、あまり嫌がらせになっていないことに、ロシアは気付いたようだが、半分諦めたかのようなため息をついた。この辺り、プロイセンの作戦勝ちのような、素のような、それは本人もあまり考えていない。
 やはりピンクのスケート靴を履くと、氷原は巨大なリンクとなった。

「ひゃっほう!」
「待って~」
「あそれー、ムーンウォークだぜー」
「あははははー、アメリカ君ところの歌手じゃないかい」
「俺様栄誉賞なフィギュアスケート女王がオリンピックでやってたからな! いいだろこれくらい! ……で、何でお前は俺の腰を抱こうとする」 
「ロシアのペアスケートに、妥協というサービスなんてないよ。そうれっ!」
「うぎゃああああ!」

 とは言えちゃんとキャッチしてもらえ、氷に穴を明けて魚を釣ったり、透明度が高すぎる氷を砕いて酒を飲んだり、やっぱりまた真っ白な子アザラシと戯れたり、それなりに楽しい日々を過ごし、バイカル湖に夕日が沈む。

「真っ赤だねー」
「とっとと帰ろうぜ。夜は冷える」

 割れた氷の間を渡り、神様じゃなくて俺様のお通りだ~と叫びながら突き進むプロイセンをロシアは眺めていた。

「その下にさ、どのくらいの人が眠っているかプロイセン君知ってる?」
「知らねぇ。でも、この大陸のどこだってそんなもんだろ」
「そうだね」
「だから、俺をここに突き落としたところで、何も変わらないだろうな。ロマノフ王朝の秘宝でもダイビングして取ってきてやろうか」

 カチカチ歯を鳴らしながらも、にっかり笑う顔は、耳に付けた動物のように飛び上がっては次の氷へ、飛び上がっては次の氷へ。
 追っても追っても逃げていくかのように。ここにいるのは確かなのに。
 やがて、さみしくて飼い主のところに戻ってしまうのだろうか。飼い主に会いたいと鳴くことはないが、ひたすらその目はどこかを見ている。

「気づいてたの」
「俺を誰だと思ってる。つーか、とっととアフガンから手を引けって何度言ったか」
「ごめん」
「別にいいさ。上司どもが首を縦に振らなかったんだろ。よくある話だ」

 雪を渡る。氷を渡る。青を渡る。白を渡る。墓石を渡る。
 その手にはスケート靴の刃が光る。結局一度も隙はなかった。突き落としたところで、春が来て氷が溶ければ、寒い寒いうなりながら泳いで逃げることだろう。復活という神聖な単語とは離れているにもほどがあるように思えたが、プロイセンとはそういう男だった。 
 春が来ることは何より喜ばしいことなのに、ひどくそれが恐ろしいのは、ロシアにとって初めての経験だった。

「ロシア」
「何」
「春になったら、うちに来いよ。白アスパラが美味いんだ」
「まだ物資そっちはあるのかい」
「だから、『春』になったら。いろんなもんが溶けた頃。祝いにキャビアでも持って来いよ」
「君のそういうところが殴りたくなるね」
「ケセセセセセ、追いつけるもんなら追いついてみろよ」

 幻の砂糖菓子の卵は、ピンクに水色にクリーム色。こぽりこぽり、雪原にクロテンの足跡のように落ちていくかのように。
 それでも、ウサギはいつでも前歯の先端を尖らせて、粗食とわずかな水で明日につなぐ。眠りながらも、つがいを夢見る。

 抱っこは嫌いだけどさみしがり。広いところを走り回りたいけど、おうちも好き。

「ところで、プロイセン君」
「ん」
「帰り道、君知ってるの」
「多分あっち」

 悔しいことに勘だけはいい。

 それとも西の気配を、春の気配を彼は聞こえているのだろうかと、ロシアは後を大きな歩幅でついていった。





fin