夢をみている
もしこの森が発光しているのだとして、この月明かりと水面のきらめきとを凝縮したかのような光の源は何なのだろう―――ティーダはゆっくりと茂った木々を振り仰ぎ、その深い色を見つめながら思う。
『光』というのは、どこか刹那的である。同じく発光体である幻光虫、その集積である幻光河、それらがどこか刹那的で切なくあるのは、人の想いとやらが永続的ではないからなのだろうか。
ひんやりと心地好い湖に指を伸ばし、その透明度の高い物質をてのひらですくいとってみる。逃すまいと指と指とをかたく閉じても、液体はこぼれ落ちていった。
「夢みたいだ」
ぽつりと呟いた声は思っていたよりもずいぶん大きく響いた。ぼんやりと雫だけが残るてのひらを眺めていると、背後から声がかかる。
「・・・・・・何が?」
はっと振り返ると、そこには見慣れた召喚士の少女の姿。彼女は、衣装の裾が濡れるのもかまわずにティーダの側に歩み寄り、小首を傾げてみせた。
ティーダは肩をすくめ、苦笑で応える。
「―――いや、ここってさ、夢みたいなとこだよなって―――」
そう思っただけ。言いかけて口をつぐみ目を反らしたのは、彼女の左右色合いの異なる瞳が森の静けさときらめきを反射していたからだった。
「夢なのは、ここかな。それとも、俺のほうかな」
手持ち無沙汰な指先で、水面をはじく。小さな波紋が広がって、水中へと吸い込まれていった。
「なんて、言いたくなる雰囲気っすよね、ここ」
ユウナに歯を見せて笑ってみせる。『シン』との戦いが間近にせまって緊張してるんだとか、おかしな言動に理由をつけて、ふとすれば光の滲みかける目元に力をこめてやりすごした。今まで彼女が笑って旅をしてきた分、自分も笑うのだ。そうでなければ自分も彼女も救われないと思った。
うつむいて、波紋も凪いだ湖面を視線でなぞる。零れ落ちてしまった水、吸い込まれて消えた波紋、けれどあとかたもないわけではない。
雫の残るてのひらをそっと握り締めて、下を向いたままゆっくりと笑顔を作った。泣き笑いにならなかったのは奇跡かもしれない。
「ここも、キミも、現実だよ」
握り締めたてのひらを、彼女の小さな白い両手に包まれる。
うつむいたままの視界ではそう言った少女の表情は読み取れず、またその声の感情も計り知れなかった。ただ握り締めた二人の指の間から雫がぽたりと湖面に落ちて、二人の間に小さな波紋を作るのを見つめ、本当にそうならいい、と彼女を抱きしめたいのをこらえて震える瞼をそっと閉じた。