やさしい温度
激しすぎる感情と身に過ぎる力は到底幼い少年に御しきれるものではなく、兄は常にからだに無数の傷を負っていた。
その異常性は幼い心を蝕んだろう。
凶悪なまでの破壊衝動、自らが壊れて動けなくなるまで箍の外れた獣は止まらない。
「かすか、おれはきちがいなのかな」
いつだったか兄が潰れたパン屋の前でひとりごとのように吐き捨てた言葉を覚えている。
包帯とギプスだらけの細い体は夕日を浴びて真っ赤だった。
うつむいた両目は見ることができなかったが、それも真っ赤だったのかもしれない。
ただ俺にわかったことは、地面をしっかりと踏みしめる兄の両足も、だらりと垂れた両腕も、儚げに震えてなどいなかったということだけだ。
何より強くて、よわい人。兄が時折剥き出すやわい部分を見るたびに、俺のこころは静かに静かに音もなく、少しずつ閉じるように凪いでいった。
ねえ兄さん、俺は兄さんがきちがいでも、どれだけあばれてもいつだって凪いでいるよ。
いつだって凪いだまま、兄さんのそばにいるよ。
俺が黙って兄の手を握ると、兄は一度だけびくりと細い肩を震わせた。
壊れ物を見るような目で俺を見下ろした兄は、不器用に笑ってそっとやさしくやさしく、おっかなびっくり指先を握り返してきた。