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魔法

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夜中に目が覚めてしまった。
体が変に汗ばんでいる。嫌な夢を見た自覚はあった。
もう忘れてしまったけれど、架空のことだっただろうか、昔のことだっただろうか。
それとも、ありえなかったいくつもの未来の死骸かもしれない。それがいちばん苦手だった。

自分にはいろいろな物がかけている。
静雄はそれを自覚していた。
代わりに、尋常ならざる馬鹿力が備わったわけだが、そんなもの、本当はいらなかった。

平和島静雄は暴力が嫌いだ。
だが、殴る蹴るの暴力が生理的に耐えられない、というわけではなかった。そういうことを感じるには、静雄は子供の頃から喧嘩の場数を踏みすぎていた。
暴力が嫌いなのは、それによって失ったり、諦めたりしたいろいろなことが、自分には眩しすぎるからだ。
それを取り戻すような魔法は自分は使えない。

時計を見るとまだ深夜の3時だった。
部屋は暗い。別に暗くても怖いわけではないし、そんなに広いわけでもないから問題なくて、わざわざ電気をつけたりしない。だから夜中の部屋はいつも暗い。
冷蔵庫にいって水のペットボトルを取りだす。冷たい液体が、喉の中をとおって落ちていった感覚があった。なのに夢のぬるい感じは消えなかった。

流しの脇に置きっぱなしの携帯を手に取る。
交友関係が狭い上に、連絡不精の自分には案の定なんの連絡もない。
大好きなあの人からも勿論ない。
大体普段から夜中は確実に眠りこんでいる自分のところに電話などこないのだから、こんなときばかり何かあるわけがない。
それでも、携帯をあけて、いちばん最近の履歴にあるメールはあの人の・・・「トムさん」のもので。

なにげなさすぎるメールを見て、次にベランダの硝子に映った、それを見ている自分を目の端に映して、ぱたんと静雄は携帯を閉じた。

(・・・なんていうか、キメェ。)

トムと再会してから、自分は変わってしまった、と思う。
段階的に変わっていく自分を、静雄はまだうまく受け入れられなかった。
最初は、再会した時。次は一緒に働くことになった時。そして恋人になった時。
そんな区切りをつけるにはあまりにも柔らかい日常の連鎖。
いつしかトムはこうして一緒にいないときの自分さえ変えてしまった。
何度考えても魔法のようだと思う。中学生の頃彼に憧れていた自分が思っていたようにトムは魔法使いなのかもしれない。

とりあえず携帯を持ってベッドに戻る。
ついこの間、静雄は同じような夢を見た。相変わらず覚えていないのだが、今と違ったのは、トムの部屋だったことだ。

そのときは。

そのとき、は・・・。

ぼふん、とわざと音を立てて倒れこむ。
顔が熱を持つのがわかった。

優しい声だった。声だけじゃなくて、自分の頭を撫でた手も、優しい手だった。

「静雄、次こういうことあったらなァ」
―俺に電話、してこいよ。

静雄はそれを思い出して、ひとりで勢いをつけて首を振った。
耳が、熱い。

(何考えてんだ、俺は・・・)

明日は仕事。そう、明日も仕事だ。まあ仕事柄朝早いわけではないが。
大体こんな時間に電話したことがない。それはトムにだけではなく、誰にも。
静雄は基本的にそういうやり方で他人に甘えるのが本当に苦手だったし、下手だった。
うっかり力をこめた携帯は非難がましくメキョ、と音を立て、慌てて手を離す。

そのとき、携帯が不意に震えた。真っ暗な中で存在を主張するように人工的な光がベッドの上に小さく灯る。
誰からの着信か見なくてもわかるのは、ひとりだけ着信パターンが違うからだ。最も、機械音痴な静雄がやったわけではないのだけれど。
盛大に慌てながら静雄が着信のボタンを押すと、トムのいつもどおりの声が聞こえた。

「・・・夜中にすまん、寝てたか?」
「あ、ねて、ません・・・」

呆けたような静雄の返事に、トムは電話の向こうで少し笑う。
それだけで気持ちがほぐれるのを感じる。

「なにしてんだよ、こんな夜中に・・・って電話しといてなんだけどな」
「・・・」
「・・・しーずーお?」
「あの・・・トムさん」

いつから魔法を、使えるんですか。

静雄が真顔で言うと、トムは少し黙った後で「そりゃあお前に関することなら使えるべ」と何事もないように言った。
魔法とか言う俺キモい、と静雄は全力で思う。
だが同時にトムさんかっけぇな、とも全力で思った。

数分後、徒歩10分程度の場所にあるトムの部屋に向かうことになった静雄は、真っ暗なままの自分の部屋を路上で一度振り返った。
ポケットの中の携帯が「ついでに煙草買ってきて」というメールを受信してもう一度震えた。

作品名:魔法 作家名:裏壱