誰かに「甘えるな」と言い、言われて、今
闇に慣れた瞳が部屋の輪郭をはっきりさせ、ぼんやりとした薄暗さは、外から光で、それが障子を透かしている。雨戸は開けてあるのだろう。ということは、早朝だということ。そして日本は起きてしまっている。
身体を起こす気もなくて、白いシーツに顔を埋めた。庭側を向いたイギリスは、後ろの廊下側を見る事ができない。くっつけてある布団に誰も居ないことに耐えられないからだ。
目覚めた身体は体温を取り戻し、頭は冴えてくる。上半身の布団を払って呆然と光り輝く障子を見続けた。静寂は心を折らせるのに取っておきのスパイスで、それが情事の次の日だと思うと死んでしまいたくなる。
「俺、理想高すぎるのか」
頭の上にやってしまった枕を引き寄せて胸に抱きしめながら言う。朝は隣にいてほしいだなんて、女々しくて乾いた笑いがこみ上げる。現実なんてこんなものだと、毎度毎度体験していることなのに、いつまで経っても学べない。
もう一回寝てしまおうと目を瞑る。ぐるぐるする心を落ち着かせようと、何も考えない様にするけれども熱を持った身体は言う事を聞いてくれない。ふつふつと沸き上がる感情に流されて、目を開く。外はあんなに神々しく光り輝いているのに、ここは薄暗く寂しい場所だ。
日本が起こしに来たら抱きつこうか、そんなことを考える。らしくはなくても寝ぼけたふりをすれば日本も許してくれる。
そう思うと心が穏やかになっていく。
たゆたう細波が部屋全体に行き渡る。
目を瞑って流されていく身体を横から仰向けにして、温められていないシーツの上に身体を放って全てが沈んでいく想像をした。そうすれば意識は埋もれていく。もう寝てしまおうとイギリスは全てを放棄しようとして、固まった。
トントンと廊下側から歩く音が聞こえる。ここで歩くのは小さい子かポチか日本。重そうな音だから日本だ。
襖を引く音がイギリスの身体を強張らせる。
「・・・・・・」
ああ、今なら寝たふりをして日本に甘えることができるのだ。近づいてくる音、服が擦れ合う音、隣に腰を下ろす、畳が軋む。手が、
「いつも、無理をさせて、すみません」
イギリスの頭を撫でた。
一回、二回、三回、四回。
手は何度もイギリスを撫でた後に、頬に添えられて、日本は乾いた唇にキスをする。心が満たされるのに乾いた口づけは、とても素っ気なく簡単に離れてく。
「イギリス、さん?」
目尻から、熱い熱いものが流れていく。歪んだ天井と覗きこむぼやけた日本の顔が見える。
「どうしたんですか」
手を伸ばす日本の服を引っ張り、起き上がれば頭の痛さと目頭の熱さで訳が分からなくなる。日本の胸に顔を押し付ければ、小さく嗚咽をしながら、どんどん涙が溢れた。
「怖い、夢でも見ましたか」
「・・・・・・」
イギリスは答えない。答えないから日本はイギリスを慰める。背中を撫で、泣き止むまで抱きしめながら、光が強くなる障子の外を見続けた。
作品名:誰かに「甘えるな」と言い、言われて、今 作家名:相模花時@桜人優