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(無題)

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死にそうな顔色だと言われた、それが何だと思った。
死んでいるのでも死んだのでもない、死にそうな、それがなんだって言うんだ。
死にそうな、それで死ねるならぼくはとっくの昔に死んでいる。
いのち、そうそれはとても大事なものだ。
死ぬなんて簡単に言うな、そうそれもとても大事なことだ。
だけどそれがなんだ。
ぼくはもうそんなこと分かってる。

始まりは一本の電話だった。
そんな小説のような出来事ならよかった、でもそんな劇的なことは、ああ、確かに起こったけれどそれはそのときじゃない。
それは、ぼくのあいするとてもいとしい人に一番近づいた時、平たく言えば性行為に及ぼうとした時に始まっていた。
それとも、もっとはやく、ふたり、であったときからだったのだろうか。
もし、それも違って、彼があの人とであったときから、いいや、彼がひとりになってしまったときからだというのなら、もうそれはぼくのしったことじゃない。
知りたいとは強く強く願ったけれど、知ったことではないのだ。

数年間、彼が受けたのは暴力だった。
紛れもない暴力だった。
ぼくはそれを彼の話に聞いたことは殆どないし、目に見える傷だって殆どなかったものだから、知った気になって全くといっていいほど知らなかったんだろうと思う。
確かにそれは新聞を開いて、ニュースを耳にして、本を紐解けば、呆れるくらい世の中に蔓延して、ばかみたいにたくさんの人間が行っていることだろうけれど、そんなのはどうでもいいんだ。
だって、それは世界をすくうよりもずっと難しい、遠い遠い世界の話で、ぼくの世界の中にはなかったものだから、そう、あの時までは。
そう、それを知ったのは確かに彼とセックスをしたときだった。
みにくくひきつれた傷跡、まるでみせつけるように描かれたそれ、白い肌に意図してつけられた印。
所有の証、ぼくにはそう思えてなからなかったのだ、今思えば。
僕は、それなのに、彼に溺れて最後までやることをやってしまった、認める、僕はばかだった。
そしてその上に愚かな行為を上塗りした、おとうさん、そう叫んだ彼の前から逃げたのだ、ああ、あれは逃亡だった、さそりから逃げる英雄のように、夜空に浮かんで消えればよかった、踏みつけられると知っていたなら、それともその鋏を隠しただろうか。
彼がどう思ったかなんて、ぼくにはとうてい計り知れない、絶望を感じさせたのだろうか、それならぼくはよろこぶべきか。

真っ先に行わなければならないことは、原因を調べることではなくて、彼の傍に戻って泣いて泣いて泣いて泣き明かして、過ちをわびることだった、でも今となってはそれが正しかったのかは分からない、そしてぼくはそうしなかった。
ぼくがやったことといったら、愚かにも、どうしてだれがなんでという目先の欲望に負けて、彼の世界をひっかきまわしたことくらいだった。
おとうさん、それは彼の父だ、そんなこと幼児にだって分かる、おとうさん、どうしてそう呼んだの、だれを、ひとりしかいない。
そのひとりしかいない人は、そうだ、彼を残して彼の世界を壊したのだ、ひとつ残らず、ひとかけらたりとも惜しむことなく、すべて連れ去ったのだ、じゃあ誰にきけばいい、どうすれば彼がすくわれる。
そうだ、ぼくはあのとき、彼をすくえるのだと思っていた、なんてひどい思いあがり、なんてひどい傲慢、なんてひどい愛情。
そうして僕は電話をかけた、たったひとり、事情を知っているかもしれない、たったひとりの人物に。
始まりなんて、そんなものだ。

だから僕は、彼が受けたのが暴力だったのだと、身をもって知った。
電話に出た彼は、とても穏やかなものごしの、落ち着いた大人の人だった、ぼくは油断した、大人が信用できないとさけんだのはついこの間のことだったというのに。
ぼくはうかれていた、彼がもどってきて世界を信じられるものだと思っていた、そしてそれが壊された、それでもうかれていた、ぼくは彼をすくえると思っていた、ばかだった。
「だから?」
あの人はそう言った、彼の体の傷のことを、必死で問いただしたぼくにそう告げた、それまでぼくはあれは彼の父親の仕業だと思っていた、何故って心中をするほどに病んでいたのだ、そうだったとしてもおかしくない、彼にとても失礼な考えをしていると思いながら、そうでなければならなかった、そうでなければ、ぼくがいけなかった。
それなのにあの人は、綺麗な深い夜の声で、尋ね返した。感情はついていかなかった、警鐘がなっていた、あの時電話を切ればよかっただろうか、ああ、そんなことを今更思っても何にもならない、たしかにあの人と彼は血がつながっているのだと感じた、ぼくがそれを失いかけているのに対して、絶対にきえることのないものを持っているのだと思い知らされた。
「三谷くんと言ったね?」
そういえば名乗っていた、もうそれは癖だった、そしてこんなことになるとは思っても見なかった、ぼくはただしりたいだけで、それがどんなに罪なことなんかなんて考えてもいなかった。
見えないところにあるものを、どうやって、それは、もう、答えだった、答えでしかなかった、ぼくが見たものをこの人も見た、そしてそれは見たのではなく、この人がつけたのだ、証として、直感だった、間違っている気はしなかった。
震えるくちびるで、こえをあぐねて、会う約束をした、腹の中がぐらぐらとにえくりかえって、吐き気がした、どうして会うことになったのか分からなかった。

呼び出されたのは大きなホテルだった、この辺りでは一番いいホテルらしかった、興味はなかった、部屋はたくさんあった、あの人は大人だった。
案内されるがままに足を踏み入れたぼくは、おろかにも程があった、ただの子どもだった。
ばかみたいに大声を上げて、ばかみたいに金切り声をあげて、ばかみたいに問いとめた。
「美鶴が、君にそう言ったのかい?」
かえってきたのは冷たい冷たい笑みだった、ぼくは手を握り締めた、殴った。身を守るためでもなく、誰かを助けるためでもなく、何かをすくうためでもなく、ただただ怒りに任せて人をなぐった、とてつもない痛みだった。
それなのにあの人は笑っていた、ばかな子だ、そう言った、今ではよく分かる、ぼくは本当にばかだった。
作品名:(無題) 作家名:あめ