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暗証番号

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音がぶつぶつ切れたり、逆にやたら伸びてしまったりして、カイトが思うように歌えなくなったのはもうずいぶん前だ。
 歌えないVOCALOIDなんか価値はない、強制終了してくれと泣いて頼むカイトを、俺はそれでも生かし続けた。それがカイトにとって、どんなにつらいことか考えなかったわけじゃない。ただ、俺がそばにいて欲しかっただけ。最後の最後まで俺といてほしいというエゴだ。
 でもそれももう限界だった。最近では歌どころか、音自体が出なくなり、動作も悪くなってきて、頻繁にフリーズを繰り返す。再起動させるたびに今度こそ目を開けないんじゃないか、と不安になる。

 カタカタと不吉な音を立てながら、それでもカイトは再起動した。
 目を開いてしばらく、カイトはぼーっと俺の顔を眺めていた。パソコンが起動する時のようなタイムラグを経て、カイトは俺の顔を認識するとニコっと笑った。カイトの体の奥からは相変わらず小さな音が鳴り続けている。

「ねえ、マスター。僕の歌を聞いてくれますか?」
歌うことはCPUに負担をかけるので、もう長い間禁じていた。でもこれ以上、歌いたいというカイトの気持ちを無視することは出来ない。
「ああ。歌ってくれるか?」
そう言うと、カイトはやわらかく微笑んで、俺の作った歌を歌い始めた。

 とぎれとぎれに歌をつむぐカイトを見ているうちに、勝手に涙があふれてきた。
「僕……ちゃんと、歌えてました?」
「ああ」
 きっとこれが最後の歌になるだろう。ちゃんとほめてやりたいのに、言葉がつまって出てこない。
「どうか泣かないで。僕の腕はもう動かないから、あなたの涙を拭くことが出来ません」
 なんとか言葉をかけてやりたいと思うのに、全然うまくいかない。
「ねえ、マスター。人間は死ぬと天国に行くっていうでしょう? でも僕は魂がないから天国にはいけないのかな?」
 唐突にそんなことを言い出したので、俺は必死で反論した。
「そんなことない! お前だって天国にいけるさ! だって…お前には魂があるんだ、絶対にいけるさ!」
「じゃあ、マスター。今度天国であったら、また僕に曲を作ってくださいね」
 カタカタという音が少しずつ大きくなってきていた。俺もカイトも、もうあまり時間がないことを感じ始めている。
「ああ、いっぱいつくってやる。そんで、お前がもういやだって言うくらい練習させてやる」
「いやだなんて言いませんよ。マスターの曲だもの」
 なんと言い返せばよいか分からなくて、俺は無言でカイトの蒼い髪をゆっくりなでてやった。
「そうだ、マスター。金庫の中身、全部マスターにあげますから」
 カイトが一度も俺に触らせてくれなかった金庫。
「いいのか? ほんとに」
「うん。マスター、喜ぶといいな…」
 とぎれとぎれに話すカイトの声よりも、カタカタいう音のほうが大きくなってきた。
「マスター、僕、ちょっと寝ていいですか」
 小さな声で許可を求められて俺は一瞬言葉につまった。ほんとうはずっとそばにいて欲しい。だけど、それは俺のエゴだから。
「ああ、ゆっくりお休み、カイト」
 うまく笑顔を作れただろうか? 最後の瞬間にカイトの目に映る俺が、幸せそうであることを俺は心から願った。



 一度も触らせてもらえなかった金庫。でも暗証番号はいつもカイトが声に出して開けていたので知っている。「31108(『サーティワンとハ』ーゲンダッツ)」

 中にはハーゲンダッツのギフト券(こないだ俺があげたヤツ)と俺への手紙が入ってい
た。

「マスターへ

 ダッツのギフト券はまだ使ってないので、マスター使ってください。最近の僕のオススメはベルジアンチョコレートです。それで思い出しましたが、この間マスターの服にチョコアイスを落として汚したの、本当は僕です。うそついてごめんなさい。
 マスター。今まで本当にありがとう。うまく歌えなくてごめんなさい。あなたのVOCALOIDで、僕は幸せでした。




追伸
金庫の暗証番号は31108です」

……いや、今開けたんだけど。ていうか、開けないとこれ、読めないんだけど!!
天然?? それともネタなのか??

 そういえば、俺が悲しんでいる時には、いつもなんとかして笑わせようとしてくれていたな。

 最後まで律儀なヤツ。
「ほんとバカだな、お前」
つぶやいたいつもの言葉には、帰ってくるはずの答えがなくて、宙に浮いたまま消えた。
作品名:暗証番号 作家名:つばな