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ある日常。

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今回の仕事は長いものだった。
しかし、忍術学園にとって敵の城の重大な秘密も探れたし一応父上にも報告せねばならないだろう。
忍術学園の生徒たちは元気にやっているだろうか。
そして、いつも私を一番に迎えてくれる彼は今日も元気なのだろうか。


「利吉さん!!おかえりなさいっ!」
何ヶ月ぶりかに忍術学園の門をくぐれば、満面の笑みを浮かべた事務員が片手に箒、もう片方に入門表を持って急いでかけてくるのが見えた。
「久しぶりですね~ 元気でしたか?サインお願いします!!」
急いで来て何を言うのかと思えば、小松田君は全てを一言で言い終えると笑顔のまま入門表を手渡してきた。
「……君は全く変わらないんだね」
入門表を受け取りながら少し呆れたように言ってやれば、ありがとうございます?と間の抜けた返事が聞こえた。

ほめてないということは分かっているんだろうか…まぁ、考えるだけ愚問だが。
彼が1年は組並みか下手をするとそれ以下の知能しか持ち合わせていないことはこれまでで十分に理解している。
大体これほどまでに嫌味の通じない人間に会ったことがあっただろうか。
おそらくないだろう。
良く言えばそれだけお人よしなのだろうが、私に言わせればただの馬鹿である。


思考をいろいろとめぐらせながらとりあえず入門表へと名前を書き、事務員に手渡してやると彼は何かを思いついたようにあっと叫んで見せた。
「利吉さん!大変です!!」
私の袖をひっぱりながら慌てだすと小松田君はすまなさそうな顔で見上げてくる。
「…なに、どうかした?」
「……僕…まだ利吉さんにただいまって言ってもらってません!」

………は…?
予想だにしなかった台詞に思考が一瞬止まる。

「どうでもいいだろう!そんなこと!!」
あまりの天然っぷりに無性にイライラ度は高まり比例して声も荒くなる。
「よくないですよー。言ってくれないと嫌です!」
「何が嫌です!だ」
この能天気なところがイライラするんだ…と寄せどころのない思いをつい暴力に訴え小松田君の両頬をつねった。
「いはひですよぉ…」
「君が悪いんだぞ!?訳のわからないことを言い出すから!」
しばらくして頬を解放すると彼は赤くなった頬をさすりながら下を向いてしまう。
さすがの私もそんな様子を見せられれば罪悪感ぐらい湧くわけで。



「………あーもうっ!私が悪かった」
本気で悪いと思って謝るのに小松田君はと言えばもういいんです。利吉さんは悪くないですよと顔を上げて言葉を遮る。
「…僕が久しぶりに利吉さんに会えたからって喜びすぎただけですから。
これでも利吉さんが帰ってくださるのずっと待ってたんですよ。おかえりなさい」
小松田くんはもう下を向いて落ち込んだことなど忘れたように笑顔でおかえりなさいと繰り返す。


馬鹿な奴。こういうところはホントイライラする…けど……

おかえりなさいって言われるのは悪くないな。


「じゃあ、私は父上に会いに行くから。また後で」
「はい!引きとめてすいませんでした。帰る時もサインお願いしますね!」
「ハイハイ。分かっているよ」
小松田君に向かって手を振ると彼はほんの少し寂しげな顔をする。


あれで笑顔を作っているつもりなのだろうか。
こんなに邪見に扱っているというのになぜ…
本当に君のことは分からない。

小松田君に背を向け校舎のある方へと歩き出すとふとあることを思いつき立ち止まった。
「小松田君」
「はい!何でしょう?」
ずっとこっちを向いていたのだろうか、振り向けばさっきと同じ笑顔で立っている小松田君がいた。

「私としたことが忘れていたよ。 ただいま」
私の言葉に小松田君はあっけにとられたような顔をした後、何事もなかったかのように嬉しそうに言った。
「はい!おかえりなさい。利吉さん!」
そんな小松田の様子をみるすぐ何も言わずに前を向き速度を速める。

これだから小松田君はアホだと言われるんだ。このくらいのことで嬉しそうにするんじゃないよ。マニュアル事務員め!



おかえりなさいと言われてほんのり頬が赤くなっていることにも気付かず、馬鹿だアホだと馬鹿にしている小松田のペースにのまれていることにも気付かず校舎まで利吉は一気に歩いて行った。


作品名:ある日常。 作家名:林 乙音