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マイスィートペイン、どうかどうか。

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マイスィートペイン、どうかどうか。(英香)


どうしようもない人間なのだ。知っていた。それは周知の事実だ。この男がどうしようもなく不器用でどうしようもなくダメな奴だということはみんな知ってる。口は悪い。手はすぐ出る。やり口も汚い。料理を作ればそれは兵器と化し、その自覚が無い訳ではないくせに懲りずにまた作ってくるし、まずいと言えば怒るくせに、世辞で褒めれば嘘をつくなと喚く。めんどうなのも大概にしてほしい。ああもう。口も手癖も足癖も何もかも、わるいわるい、何より頭が悪いのだ、この男は。
考えるという意識を、思考という概念を、どこかに捨ててきてしまったに違いないのだ。
それならばいっそこの世界のダストボックスというダストボックスをひっくり返してきっとカビでも生えているであろうそいつらをこの男の鼻先に突きつけてやれば、そうすれば、きっとご自慢の眉をしかめて、やっと気づくのだ。
今、この今がどれほど異常であるか、を。
ため息と共にしらと視線を少し下ろせば、そこには金糸の髪がふわと広がり丸い額がちらと覗く。もはや彼の代名詞である凛々しいそれの下には大きなひとみが薄い危うげな瞼の裏に眠る。髪と同じ蜂蜜色の睫を最初に見たときは驚いたものだ。特別長いという訳ではないが隙間なく茂る金の糸に縁取られた蒼とも碧ともつかぬそれに吸い込まれそうだ、と、思った。(それは今も同じだなんて、そんなまさかまさか)間抜けにぽかんと開けられた薄桃の唇はすこし荒れ気味だ、かさついたそれは痛そうでもある。紳士だ何だと言う割にこういうところに無関心なのはどうかとおもう。このところ仕事が立て込んでいたようだけど、こういう形で疲れが出たということは相当なのだろう。うっすらと睫の下に黒い影が落ちているのもそのせいのようだ。
ああ、だからって、だからって。これはないんじゃないかと、おもうわけだ。
この状況をもう一度まじまじと見つめなおしてしまって膝がふるふると震え始める。ああもう、ああもう。この震えは疲れだとか痺れだとかそんなものからきた震えであって、それ以外の理由など無い。ないない。このどうしようないダメ男が俺の膝を枕にして間抜け面晒して爆睡しているからであって、勝手に俺の部屋に入ってきて押し倒さんばかりの力でソファに座らせたかと思えばおやすみ3秒とはこのことだ。
そんなに疲れているなら自分のベッドで寝ればいいのに。正論だ、我ながら一寸の隙もない正論だ。目を覚ましたらこのダメ男に言ってやる。ああだからその時までに、どうかどうか、この火照った頬の熱が引いていてくれ、と。




マイスィートペイン、どうかどうか。
(はやく、そのひとみをみせておくれよ)