ミルクティーにくちづけ
「許される罪なんて、存在しないんだ。」
ミルクティーにくちづけ
許される罪なんて、存在しないんだ。
二度、その言葉を繰り返したその男のひとみは、暗く。
また面倒なことを。思ったが言わず、彼が気に入りの紅茶を入れてやる。
すい、彼の前にそれを出し、隣に腰掛ける。ゆうら、視線を彷徨わせたその男は、上品に香るそれにそのまま口をつけ、苦い顔をしてソーサーに戻す。
飴色に照るそれに映る己に何を見たか。彼の独白が始まる。
許される罪なんて存在しないんだよ。
償える罪なんてあるはずがないんだ。
罪と罰はカップルでも何でもねえ。許されたいやつが勝手に罰を請うんだ。
罰を与える側だって、そいつがその罰を受けたところで本当に許したりなんかしないくせに。罰を与えるということは俺はお前を許さないと言っているのと同じだ。
ねえマンマ、悪い子の僕にお仕置きを頂戴ってか。それはただのマスターベーションだ。
だから俺は許しは請わない。罰は受けない。そもそも俺の善悪は俺が決める。
俺が生きているのは俺の世界だ。
ぼんやり、と。カップに映った自分の顔と見つめあいながら魘されるようにそう吐きだしたその男は、ただ、なんというか、かわいそう、かわいそうな男だなあ。
きっとその世界に俺はいないのだ。彼以外の誰も、いや、あの愛しい愛しい弟はいるのかもしれない、彼の言うマンマだろうか。笑える。
このかわいそうなベイビーのカップに、こぷり、ミルクを零せば、暗く濁っていた碧が驚いたようなそれでこちらに向けられる。ああ。
「じゃあ、俺が、許す。俺の世界の善悪は俺が決めるんだろ?」
俺の世界のアーサーは、許してあげるよ。
ミルクティーにくちづけ
すっかり冷めてしまったダージリンにはうまくミルクが溶け込めず、ただゆらゆらと揺れる白に、吸い込まれてしまいそうだと、おもった。
(そうしたら、君の世界に私もいけたのかしら。)
作品名:ミルクティーにくちづけ 作家名:きいち