Oh captain! My Captain!!
霧から現れた船は、鉄で出来ていた。
金属筒がいくつも上がり、黒煙を吐きだしている。
乗務員に手を出さないことを引き換えに、俺が降りることを要求したその船は、風の影響は最小限に抑えられ、甲板は陸地と変わらないくらい鏡面に近かった。
凪でも走れる魔法でも使っているのか、はるかに巨大なのにはるかに速い。
案内された先は、俺の部屋よりよっぽど物は少ないが、執務室の名にふさわしい飴色の木机や、厚い絨毯があった。
部屋の主は、汚れやすい色の服の男だった。
つばのほとんどない帽子に、手袋、肩の飾りは金糸で出来ていて、マントが続いている。
俺を呼んだ男は、彼らしい。
黒に満ちた無骨な船とは裏腹に、意外なことに俺よりも背の低い優男だった。だが、目や髪は真黒だ。なるほど、やはり似ている部分はある。
黒い目はちらりと、帽子を見て来た。売買する動物を見るときに似た目だった。
ガラパゴスで手に入れた巨鳥の羽も、この煤くさい船では元気がない。
「今どき、帆船で海賊行為ですか。そのライオンのたて髪みたいな飾りも子どものごっこ遊びみたいですね」
七つの海を制したというのに、何だこの敗北感。
だが、すぐに眉間に風穴を開けてやろうと狙う気持ちはわかなかった。
一つは、自分よりずっと厚い服を苦も無く着るその身体は、小柄ではあるが鍛練は積んであるのが予想できたからだ。
「何が望みだ」
「何も。略奪は近代軍隊では恥ずべき行為です。ただ、撤退をと」
「ふん。はいそうですかと納得できるもんか」
「船のために命をささげるのは愚かなことですよ。次の戦争ができません」
この男の剣はいささか不気味だった。手にかけてはいないのに、一瞬で脳天を割られるかもと予感させられる。屋内でなら、銃より速く動けるかもしれない。
ああ、しかし。
「なら、俺はここで捕えられないのか」
「ええ、我々はまだ戦っていませんから」
「後悔するぞ。俺はお前のような胸糞悪い奇麗ごとをするつもりはない」
「話し合いは終わりですね。わかりました。完膚無きまでに叩きのめして差し上げましょう」
もう一つは――堅そうなブーツが、動くたびに床を鳴らす。外套や勲章は装飾の要素が強く、宝石こそないもののストイックな色気があった。嫌味なくらい機能美に満ちた男だ。
なので、額にピアスを開けるのは、この男には似合わないだろうと思ったためだった。
「ああ、俺が負けたらお前の要求通り、どんな条約でも結んでやる。その代わり、勝ったらお前も」
「わかりました。武士に二言はありません。貴方は知りませんがね」
「あんたなら勝ったときにどうすれば相手が従うか手段を知っているだろうから、無駄な心配だろう。ただ、俺の船の主は勝利の女神なんだ。そう簡単にはくたばらねーんだよ」
帰還した俺を船員たちは、目を輝かせて迎えてくれた。
まったく、船長に似て、冒険と化けものが大好きな奴らだぜ。まあ、俺も同じか。
俺よりはるか年かさらしい化け物相手にどう挑むか。
あの白い服を血で汚すには。ウサギも白、羊も白。きれいでふかふかで柔らかくて肉が美味い白。
黒煙の船は、石炭を食べていた。いずれは食糧がなくなる可能性が高い。そうしたら帆船が有利になる。勝機はそこにあるだろう。
舌舐めずりをした。
獅子は驚くほど修正が狼と似ていることを知っている者はいくらほどいるだろう。世界中を見てきた俺は知ってる。俺だけが知っている。
さあ、幕を上げようか。
鬨の声を始めようか。
狩りの時間がやってくる。
fin
作品名:Oh captain! My Captain!! 作家名:かつみあおい