ペルソナの微笑み
side:主人公
今日の授業が終わった。
教科書を鞄に詰めながら、今日くらいは、まっすぐ帰ろうかと考える。
今日も堂島さんは遅くなるだろうから、たまには、菜々子ちゃんの相手をしてあげよう。
夕飯の買い物をして・・・菜々子ちゃんに、プリンでも買って帰ろうかな。
そんな計画は、いきなりの体当たりで吹っ飛んでしまった。
「相棒ーーーー!!俺とどっか行こうぜーーーー!!」
俺は、しがみついてくる陽介の体を引き剥がしながら、
「いや、今日はまっすぐかえr」
「やだ!聞こえない!!俺と遊んで!!」
「お前なあ・・・」
目の前にある色の薄い髪が、大型犬を連想させる。
諦めてため息をつくと、相手の髪をわしゃわしゃとかき混ぜ、
「分かったよ。分かったから離せ」
「やったー!さすが相棒!!」
「はいはい」
陽介と二人、ジュネスのフードコートに来た。
テーブル席に二人で陣取り、手元のジュースを引き寄せる。
ストローをくわえて顔を上げたら、陽介と目があった。
「何だ?」
「いや、相棒とここに来るのも、もうお馴染みだなーと思って」
「ん」
確かにそうだな、と考えていたら、陽介がぽつりと、
「あと何回、一緒に来れるかなー・・・」
その言葉に、我に返る。
「陽介」
「あ、こうやって座ってると、お見合いみたいだな。「後は若い人たちだけで」なんっつってー」
・・・・・・・・・。
「・・・相変わらず、脳内お花畑だな」
「いやん、それほどでも」
「恥じらうな」
陽介とたわいのない話で盛り上がっていたら、棘のある声が割り込んできた。
「ちょっと、花村!マジありえないんだけど!!」
声の方を見ると、ジュネスでアルバイトしている女性二人が、怒りの形相で近づいてくる。
「あー・・・先輩方、今日はどうしたんです?」
「なんなの、あの主任!マジムカつく!!」
困ったような笑顔を浮かべる陽介に、二人は激しい勢いで不満をぶちまけた。
それは、どう聞いても二人に原因があり、陽介に対して、八つ当たりをしているとしか思えない内容なのだが。
それでも、陽介は、人当たりのいい笑顔を浮かべたまま、何とか二人を宥めようとしている。
ああ、また、いつもの仮面だ。
キンキン騒ぐ声を、右から左に聞き流しながら、俺はストローをくわえた。
陽介はいつも、仮面を被っている。
学校にいる時も、事件を追っている時も、ジュネスで猛り狂う先輩を宥めている時も。
みんなから嫌われないように、孤立しないように。
俺は、ストローから口を離すと、
「あああああああああああああ!!!!」
三人がぎょっとして、こちらを振り返った。
「ど、どうした相棒!!ジュースに虫でも飛び込んだか!?」
「俺の死んだ父さんが」
先輩達が立っているあたりを指で示すと、二人ともぎょっとした顔で後ずさる。
「ええええ!?何!?死んだおやじさんが何!?」
「動くな陽介!!踏みつぶすだろ!!」
「えええええええええええ!?」
俺の言葉に、陽介がひきつった顔で動きを止めた。
先輩達は、じりじり後ずさると、
「やだもう!キモい!!」
「私じゃないからね!!」
大慌てで走り去る。
二人がいなくなったのを確認してから、椅子に座ると、
「何してんだ、陽介」
必死で何かを探している陽介に、声をかけた。
「何って!!お前の死んだおやじさんがいるんだろ!?どんな姿してんだよ!!アリか!?クモか!?」
「人の父親を勝手に殺すな」
「いや、勝手にって・・・ええええええええ!?」
やっと事態が飲み込めたのか、陽介は目を丸くして、
「じゃあ何!?今の全部嘘か!?嘘なのか!?」
「嘘じゃない。小粋なジョークだ」
俺の言葉に、陽介が呆気にとられた顔をする。
「え、じゃあ、あの・・・さっきのは・・・」
「あの二人を追い払う口実に決まってるだろ」
呆気にとられた陽介の顔が、見る間に崩れていき、
「ぶっ・・・あはははは!!おま!ねーよ!!先輩達、お前のこと、頭おかしいって思ったぞ!絶対!!」
「別に。俺の彼女じゃないし」
よほどツボに入ったのか、俺がジュースを飲み終わるまで、陽介は途切れることなく笑っていた。
「うくっ・・・ひっ・・・は、腹が・・・くっ・・・あ、明日筋肉痛なったら、お前のせいだかんな・・・あはははっ」
「はいはい。いらないんなら、もらうぞ」
空になった紙容器を、陽介のと交換する。
まだしばらく笑っていた陽介が、やっと立ち直り、
「あー、笑いすぎて涙出てきた」
目元に浮かぶ涙を、手の甲で擦った。
「いつも、そうやって笑えばいいのに」
「え?」
陽介が、手を止めてこっちを見る。
「遠慮なんかするなよ。みんな仲間なんだからさ。心配しなくても、お前を一人にしたりしない」
「あ・・・・・・あー、うん。そうだな。うん。・・・ありがとな」
陽介は、乱暴に目を擦ると、
「あー、笑ったら腹減ったわ。ここは、ウルトラヤングセットに挑戦だな!」
「お前・・・食べきれんのか?」
「お前と二人なら、大丈夫だろ」
げっ。
「俺を巻き込むなっ」
今からそんなものを食べたら、夕飯が入らなくなる。
だが、陽介は立ち上がると、ひらひらと手を振って、
「だーいじょうぶだって。俺達に怖いものなんてない!な、相棒」
片目をつぶって、笑いかけてきた。
「はっ・・・バーカ。お前のおごりだからな」
「オー!マッカセーナサーイ!!」
妙なイントネーションを披露して、陽介はレジに向かう。
仮面が息苦しくなったら、いつでも外せばいい。
俺が全部、受け止めてやるから。
「そうだろ?相棒」
陽介の後ろ姿を、テーブルに肘をついて見送った。
終わり