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さよならモラトリアム ~A side~

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この家を出て行くと言ったとき、マルコはあまり驚かなかった。なぜかと問い、いつかそう言い出すだろうと思っていたと言われてしまえば苦笑するしかなかった。家を出る決意を行動に移すまでの間は自分でもかなり切羽詰っていたような気がするから、たとえ一日の内の長い時間を共有していたわけでなくても、長年自分を見てきた男からしたら精神的な焦燥など手に取るように分かってしまったのだろう。そう思うと、嬉しさの反面自分の迂闊さに舌打ちしたくなる。結果としてたったの三年では、日増しに募る恋情の日常に対する融和のさせ方なんてものは皆目見当も付かなかった。三年前想いを殺し切ると決めたのに、楽になりたいという欲求に惑わされるほど余裕の無くなっている自分が情けなかったが、同時にこれで常に圧迫されているような胸の苦しさから開放されるのだと思うと何より安堵が勝った。どれほど望んでも、あの家にはこれ以上居られなかったし居たくなかった。幸福な思い出が苦痛に塗り替えられることが恐ろしかった。真綿で包まれるように穏やかで温かい自分だけの居場所。出生に対する負い目が的外れに感じるほど、向けられる情愛は心地良かったが、それだけに醜く溢れかえった欲望で汚していることが我慢ならなかった。とは言え持て余し気味の性欲はどうしようもなく、収まりがつかないことも度々あった。込み上げる性熱をいくら忌避しようが一度火がつけば身体は昂るばかり、そして抜こうとすれば男の気配に満ちた空間では所詮思い浮かべるのはたった一人、脳が焼き切れそうな射精感の後のけだるさに始終罪悪感が纏わり付いた。慣れることもなくいつだって気分は最悪だったが、こればかりはどうしようもなくて嫌気が差して次第に女相手に性欲を処理するようになった。だが結局のところ、女を相手にしてみたところで思い出すものは思い出す。愛おしい男を想いながら女とヤッた後で平気な顔をしてその男に会う。朝も夜もマルコが女の匂いをへばりつかせていようとも。ひたすら向けられる親愛を失わないため、そうしておかしくなりそうな毎日の中、さすがに訝しみだしたマルコの視線に耐えて耐えて耐えかねて限界を踏み越える寸前で、どうしようもなくなって逃げ出すことにした。目前の物事から逃げるということにひどく陰鬱な気持ちにさせられたが、いつかはマルコの元を離れることになるだろうと前々から漠然と考えていたから、時期が来たのだと思うことにした。オヤジも正式にファミリーに加わることを認めてくれたが、やはり十年以上暮らした家を去るのには抑え難い惜別の思いが湧いた。無条件でマルコの一番近くにあった居場所を手放す破目になったのは想像以上に苦痛だったがしかたない。記憶の中のサッチの言葉を、想いを自覚してからの三年幾度も思い返しまだ大丈夫だと言い聞かせてきたが、最終的にはこうなってしまった。後悔はしないと、一生分の後悔をあの時使い果たして心に誓っていたから辛うじて笑ってマルコに今までありがとうと言えたのかもしれない。優しく抱きしめてくれた男の瞳に失望を見ることがなかっただけで、これまでの三年は十分浮かばれた。それにこれからだって別に会えなくなるわけじゃない。むしろ当分はマルコの、あるいはサッチの直属になることだろう、オヤジが言っていた。そういう配慮は申し訳ないと思いつつも有難かった。マルコの近くに居過ぎるのは限界だったが、きっとマルコの近くに居なさ過ぎても駄目になる気がした。マルコは優しかったが無意味な甘やかし方はしなかったのに、たいした甘ったれに育ったと自分でも思う。その辺を見越してのサッチの配慮だろうと思うと見透かされているようで少し悔しかった。自分の配属先を決めるのはサッチだと聞いていた。お調子者のくせにそういう細やかな気遣いを欠かさないサッチに幾度も助けられてきたから、普段どんな悪態をついていようとも内心では結構感謝していた、口に出して言ってやるつもりはないけれど。もちろん、その配慮は特例のものだろう。普通ならマルコやサッチという白ひげのファミリーを代表するような幹部と容易く口も利けないほどの下っ端から始まるのだが、それがいきなり直属の部下になるときたら謂れの無い僻みも受けるかもしれない。しかしそれはそれ、昔から自分の身くらい自分で守れと体術、思考の巡らし方共に散々マルコに叩き込まれてきただけあって幹部クラスを相手にしろなどと言われないかぎりよっぽど負ける気はしなかった。そんなものは実力を付けつつ追々認めさせていけばいいが、それはあくまで自分一人の身の守り方であって、千を超える構成員から成る大家族を守れるほどにはまだ到底実力が足りなかった。組織を構成する一人になるということは、そういう強さが必要になるということだ。それが身に付けられないのなら、この11年間幾度も見てきた、白ひげの名を一身に背負って立つ姿には所詮辿り着けやしない。やることなら腐るほどある。覚えることも。目まぐるしく展開していく日々に忙殺されれば、三年間で磨耗した神経も癒されるかもしれない。心にゆとりができたら、そうしたら些細なことでうろたえずに、追い詰められずにすむだろう。あの海の色をした瞳をもうずっと覗き込んでいない。金に縁取られたガラス玉の光彩がとても恋しい。最後の数ヶ月はまともに顔も見れなかったと思うと、勿体ないことをしたと少し残念に思った。あの時誓ったとおり、どれほど追い詰められて苦しくても、マルコに惚れたことを後悔したことはない。これからもしない、背に負った誇りにかけて。たとえ報われなくても、知られなくても、きっと一生愛してる。