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つぶれたたまご

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「ごめん、遊星……」 それは雨の音で掻き消されてしまいそうなほど、弱々しい声だった。ブルーノはガレージの入り口で立ち尽くし、うなだれていた。その髪や顔や服からはひっきりなしにぼたぼたと雨水が滴り落ち、彼の足元にはみるみるうちに水溜りが広がった。まるで自分のせいでこんな大雨になったとでも言うかのように、ブルーノの表情は悲嘆に満ちていた。その様子を見て遊星は、彼に傘を持っていくよう助言しなかったことを後悔した。ここのところ外に出ることが少なくて、天気予報を気にしていなかったのだ。買出しに出かけるというブルーノをあまり意識せず送り出してしまった自分を遊星は責めた。しかしブルーノの傍に駆け寄ってからすぐに、ブルーノの悲嘆の原因が雨だけではないことを知った。
ブルーノは、自分と同様にすっかり濡れた買い物袋を抱えていた。そしてその中には、無惨に潰れてぐちゃぐちゃになったパックがあった。「卵、割れちゃったんだ……。濡れないように走って帰ろうとしたら、こ、転んじゃって、それで……」 重い罪を告白するように、ブルーノは言った。パックの中に整然と、行儀正しく並んでいたのだろう卵は、どれも殻が砕けて、黄身と白身が混ざって飛び出していた。マーブル模様を描いたそれは、捻じ曲がったパックの隙間から飛び出して、買い物袋や、その中のトマトやアスパラガスをも汚していた。ブルーノの顔色や唇は青ざめて、遊星よりもずっと大きいはずの身体は縮こまって小さく見えた。濡れた頬のせいで、泣いているようにも見えた。濡れた貼りついた前髪の合間から覗く瞳はますます光を失い、今の曇天の空よりも淀んで暗かった。よく見れば、買い物袋を抱く手や唇の端に、擦りむいた痕さえあった。「遊星、ごめん……」 ブルーノは再び謝った。胸が締め付けられるほど切なげな響きだった。遊星はもう、手を差し伸べずにはいられなかった。「ブルーノ」 ブルーノの両肩に手を置いて掌で包み、うなだれる視線を下から覗き込んで、言い聞かせた。落ちて来た水滴がこちらの頬や鼻先を濡らそうが、構わなかった。
「いいんだ、ブルーノ。謝らなくていい。いくらでも取り返しがつくし、おまえが悪いことなんてひとつも無い。それよりも、早く着替えないと風邪をひく。そっちの方が、俺にとってはずっと大変なことなんだ」
冷え切ったブルーノの温度が、掌を通して遊星に伝わる。早くこの肩をあたためてやりたいと、遊星は思った。こんな些細なことでそんな顔をしなくてもいいのだと、そんな声で許しを乞わなくてもいいのだと、早く教えてやりたくて、もどかしかった。「ブルーノ」 未だ顔を上げない彼に、遊星は呼びかけた。どうか伝われと願いを込めた。
作品名:つぶれたたまご 作家名:ひょっこ