二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

Jesu, joy of man's desiring

INDEX|1ページ/1ページ|

 
知ってる?俺は神様なんだって。

まったく世間の人々は面白いことを言いなさる。神、だなんて。
一体誰が言い出したのだろう。いつの間にか広がっていた、ニックネームにしては重すぎるこの通り名。
まぁ俺自身まんざらではないし、その表現が全くもって外れているとも思わない。
そういうと彼は俺に見えないようにして笑っていた。ちゃんと見えたけれど。
一見するとその姿は膝の上の本に夢中になっているようだが、俺にはわかってしまう。
ひらりと捲ったその手が指が、僅かに動揺しているのを、俺は見逃さないんだ。
わかっておきながら少し意地悪な問いかけをしてみる。

「ねーえ、橘くんはどう思う?」
「何がです?」

至って普通の声色。うん、これは確かに普通に聞こえる。
決してこちらを見ようとしないその目がなければ、きっと気づかなかっただろう。
彼は表情を隠すのがうまい。というのは彼のことを知ったような口を利く愚か者の言葉だ。
本当は違う。これに気づいた人は多分少ない。というか他人は仏頂面の彼を知ろうとしなかった。
だけど俺は知ろうとして、気づいた。彼は表情を見せることが下手なのだ。隠した振りをするのだ。
感情なんていくらでも隠せるし作り変えることが出来る俺は、そんな彼が可愛くて仕方がない。

「漂流録のカミサマ。本当にそう思う?」
「思います」

先ほどから捲られないそのページに、何か面白いことでも書いてあった?余程聞いてやりたかった。
だけどそこまで可愛がると、壊れて崩れてしまいそうだからやめておく。
もちろんそういうのも好きだけれど、楽しみは後の方に取っておく主義だから。
相変らずこっちを見ない目も、そのままにしておいてあげる。

「じゃあ橘くんも信者になるの?」
「崇めていますよ、我が主」

いつもの余裕を取り戻したかのように、軽い冗談を加えている。
これにはさすがに惑わされかけたけれど、ぎこちなく捲られたページが真実を教えてくれた。
やっぱり俺は神様なのかな。お前の考えていることが手に取るようにわかってしまう。
自分が恐ろしい。だけど同時に楽しんでいるから、俺は本当に神なのかもしれない。

腕を伸ばして彼から本を奪い取る。反射的に上げられた目と俺の視線がぶつかった。
髪と同じように空の色を映したその瞳は、波を立てないようにしている水面のように張り詰めている。
こんなにわかりやすいのに。これは俺が神だから?それともこの目が彼のものだから?

「信仰深き者には、褒美を授けようか」

何、と彼の口だけが動いた。言葉がうまくのらなかったらしい。辛うじて掠れた音だけが聞こえた気がする。
にやりと口の端を上げれば、それが気に入らなかったのか顔を歪めて眉根を寄せた。
対照的に俺はますます面白くなって、あまりよろしくない笑顔を貼り付けた。

お前の考えていること、よくわかるよ。
恐れているんだね、悔しいんだね、悲しいんだろう?
カミサマとの距離が果てしなく開いていくのが。

「お前の望みを、きいてあげる」

どちらともない言い方をしたのは、わざとだ。
彼はぴくりと眉間の皺を深くさせる。穏やかだった水面の瞳に、波紋が一つ浮かび上がった。
期待と恐怖の入り混じったそれは、背骨に沿って何かをゾクリと駆け抜けさせた。
触れてしまおうかと手を伸ばしかけた瞬間、水は氷になり、それを拒絶した。

「では、俺の一番の願いが叶うように」

氷は鋭い一角を突きつけて笑った。研ぎ澄まされたそれは、あまりにも冷え切っている。
負けた、思わず吹き出してしまう。一筋縄ではいかないのが彼のいいところでもある。
ちらほらと隙を見せるのさえ、全て彼の思惑通りのような気さえしてしまう。
しかしまた逸らされた視線を追って、やっぱり揺らいでいる彼に気づくのだ。
あぁどうして、気づかなければ良かったのに。気づかせないようにしてくれれば良かったのに。
もう遅い。遅すぎた。だって俺の手はお前に届くし、お前はそれを簡単に受け入れてしまう。

「良かろう。聞き入れた」
「・・・ご慈悲に感謝致します」

二人して、子どものように笑った。もう子どもには戻れないけれど。
今この瞬間だけは、何も考えずに笑えていた。
数秒もしたら大人に戻っていて、それは幻のように消えてしまった。
代わりに俺は彼を抱きしめた。子どもの頃にはなかったような感情と一緒に。

俺たちの距離は確かに開いていく。常人には言い表せない時間をじっくりとかけて。
だけどそれはお前の思っているようなものではない。
漂流録の神と呼ばれる“神”は空高くへ昇っていくのではなく、地中の奥底に落ちている。
静かで誰もいない。闇の中へと俺は自ら望んで落下していくのだ。
だからわかってくれ。どんなに寂しくても、どんなに辛くても、どんなに縋られても。
そんな暗いところへ眩しいお前を連れて行けるはずがなかった。
作品名:Jesu, joy of man's desiring 作家名:しつ