祈り
「えー、何 八戒、生命線短いの?」
背後から、腕を取られて驚く。
「ふーん、じゃあさ、コレでいいじゃん」
油性マジックで伸ばされた生命線。
力強く引かれた線に、これまで心に飼っていた闇も痛みも払拭し、心のどこかがふわりと軽くなる。
何が罪で、何が間違いだったのか、
知っていて踏み出した道は、その代償のごとく愛しいものを目の前で奪った。
大切なものを理不尽奪われた復讐は果たしたけれど、
残されたのは贖えぬ罪を背負っていく罰。
償えない何かは、雨の日に薄れることない映像を痛みとともに思い出させた。
誰かを求めても、もうかなえられることはないのだと、心のどこかで諦めてさえいた。
「参ったなぁ、油性ペンですよ、これ」
「油性だな」
「落ちないじゃないですか」
湧き上がる暖かさと愛おしさ。
喜びに緩む顔を悟浄に悟られたくなくて、天を仰ぎ片手で表情を隠す。
今まで抱えていた漠然とした感情が急速に形を結ぶ。名前さえない感情かもしれないけれど、柔らかい感情に包まれて、指の間から覗く世界が暖かくさえ、見えた。
【悟能】
目を瞑れば優しい、彼女の顔。
「八戒」
目を明ければ、開けっ広げに笑う悟空。
「腹減ったよ」
幼いけれど、聡い、邪気がないからこそ、心に染みる言動。
この子の強さと輝きに何度救われてきたかわからない。
「お前の胃はどうなってんだよ」
優しい笑顔で悟浄がからかいにいく。
「食わないと、骨くっつかねもん」
いつもの喧騒、柔らかい時間。
大切で大切で仕方なくて、
なくしたくない、僕のたったひとつの居場所。
僕の視線に気付いた悟空が大きく手をふる。
「八戒ぃ」
この子がいる限り、まだ世界が優しいと信じられる。
まだ、自分は生きていていいのだと。
共に歩んでいける、この幸福。
出会いを、 出会えた奇跡を、初めて神というものに感謝した。
強くあろうと思う。
心を平静にもって、何にも惑わされない、強い心を持ちたい。
いつも対等であれるように。
自分の存在がいつか、悟空の救いになれるように、
強くありたい。