Be he alive or be he dead
(白石の好きな海老さん入ってるよー)
(だからお願いだ、)
(おいしい、と返してくれ)
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夕方も6時を過ぎると辺りは暗い。テレビをつけたままうとうとしていた俺は不意に外が暗くなっていることに対してちょっとした恐怖を感じた。部屋の電気を明るくすることでそれはすぐにどこかへ消える。いい加減窓を開けたままでは冷える。昼間の優雅さはなりを潜め、ただ蠢き煩い布と化したカーテンをさっと引いてやると、そこには独立国家が誕生していた。孤独な王様が独りで生活をする、そんな国が。
(お伽話みたいにしてみても、)(俺は王様ではないからな)
ピンポーン。不意にインターホンの音がした。一人で生活をしていると、よく聞き間違いが起こったりもするので、一度目はテレビの音と思って聞き流した。暫く間が空いたのでやはり間違いかと思ってテーブルの上のお茶を入れなおすと、もう一度今度は先程よりはっきり聞こえた。すぐに俺か、と思い立ち上がる。気持ちが焦った。もし、彼だったら。彼だったらなんと言おうかと。本当は言う言葉なんて初めから、用意されている。
「千歳、酷い顔やなあ」
可愛いピンク色の耳当てをした金ちゃんが、不安そうな表情で俺を咎めた。トレードマークの豹柄を隠してしまうほど、何を抱えているのかと思ったら、たこ焼き用のホットプレートと、それに大量の具材だった。
「ええと・・・たこ焼き?」
「千歳の好きな馬刺しも買ってきたんやでー!」
すぐに金ちゃんの顔は綻んだ。本当にたこ焼きの大好きな子だ。それに記憶力もいい。俺の好物を良く覚えている。寒い中ほんの数分とはいえ玄関先で待たせてしまったことが痛く申し訳なく、俺は金ちゃんの持ってきたホットプレートを受け取ると、中に入るように促した。金ちゃんの話によると、小石川以外の面子はほとんど全員これから家にやってくるらしい。大たこ焼きパーティーだ。
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「千歳ぇ、何で白石来ないん?」
誰だこんな子供に酒を飲ませたのは、と絡まれてから考えたが、俺だってまだまだ子供だし、そもそも飲ませたのはその場にいた全員に非があるだろうと思う。金ちゃんは涙目だった。これは単に部屋が暑いとか、酒でのぼせているとか、そういう問題ではなかった。金ちゃんは白石の子供だと言われても誰も驚かないだろう。白石は部長として立派に大役を果たしていた。母親気質のある白石に子供代表の金ちゃんが懐かないわけがない。白石が来ないためにこのような顔をしてぐずっているのだが、原因はと言えば俺にあるのだから、俺が心持気まずくなっても仕方が無かった。何も言わずに金ちゃんの頭を撫でてばかりいる俺に、千歳、と金ちゃんはもう一度俺の名を呼んだ。
「・・・千歳、本当は白石待っとったんやろ」
本当のことなだけに、図星を突かれた俺の表情は硬かった。すぐに表情に出てしまう俺に確信を得たのか、金ちゃんは酔いが醒めたように起き出した。
「千歳ぇ、白石何処や、白石は何処行ったんや!」
そんなものは俺が知りたいぐらいだ、と柄にもなく頭がからっぽになった。あれだけ腹にたこを詰め込んだはずなのに、本当は何も詰まってなどいなかったと気がついた。
「金ちゃん、いい子は我侭言っちゃ駄目なんだぞ」
白石だけだった。俺の料理をおいしいと言って食べてくれるのは。白石のためだけに俺は存在していた。白石がいたからこそ、俺は。
「別に無理しておいしいって言ってくれなくてもいいんだ、ただ帰ってきてくれれば・・・」
突然泣き出した俺に金ちゃんは寧ろおろおろしてしまって、可哀想なところを見せてしまったと後々になって俺は後悔した。
「好いと、白石・・・」
作品名:Be he alive or be he dead 作家名:しょうこ