All on a summer's day
「家にそないなもんあらへんの知ってるくせに、扇風機で我慢してください」
財前は乱暴に扇風機のスイッチを叩いた。すぐに羽音のような耳障りな音がして扇風機が首を振り始める。俺はそれに至高の笑みを漏らしてしがみついた。
「光、俺お前の曲聴きたい、何か流して」
「嫌ですよ、パソコンつけたら余計熱うなるやん」
財前の家に勝手に上がりこむのは結局部を引退してからも変わらなかった。財前は俺が部を引退したら相手しなくなるんじゃないかとかいろいろ希望めいたこと考えてたみたいだけど、そんな簡単に俺が財前を見捨てるかっちゅー話ですわ。
「謙也さん、他にすること無いんですか。毎日押しかけて暇なんですね」
「酷いやっちゃなあ。俺は可愛い後輩が心配で毎日こうしてわざわざやってきてやっとるのに」
「・・・へえへえ、そらあありがとうございます」
我ながら大した減らず口だと感心する。俺が買ってきてばりばり食べているしょうゆせんべいを、財前はいい顔しない。綺麗に磨かれたフローリングに食べかすが落ちるのが許せないらしい。だからこそ俺はせんべいを食べ続ける。そろそろ置いておいたサイダーが温くなったと思ったので、遠慮もせずに冷蔵庫を開けて、財前が買ったのであろうコーラを取り出す。財前は当たり前のようにそんなのあったっけなんて顔をするから、俺は時どき財前よりよっぽど俺の方がこの家のことに詳しいのではないかと疑ってしまう。そうしてこの家に来ることをやめられないでいる。
「お前俺が来なかったら毎日何するん?」
「何って・・・別に普通に学校行って、テニスして、帰って来て、曲作って、寝て・・・まあご飯とかは食べますけど、何ですか急に」
(普通に、ね・・・)(お前の普通って一体何よ?)
これは俺の勝手なエゴだと十分理解しているつもりだけれど。財前は放っておいたら間違いなくこの夏の息苦しさに紛れて蒸発してしまうだろう。そういう子だ。
「俺ね、あんまり引退したつもりないんだ。なんでかなーってずっと思ってたんだけど、多分これお前のせいやで」
「・・・謙也さん何でも基本的に人の所為じゃないですか」
呆れたように財前は髪をかきあげた。暑い、と呟いて本来なら全てを財前が飲み干すべきであるコーラに手をつける。
「お前は俺が守るよっちゅうのは臭いねんけど、」
「それ以上何も言わんでください」
俺から言わせて貰えば愛の告白的な言葉も、財前自らによって遮られた。暫く男二人でむさ苦しい沈黙が続く。暑苦しさに拍車を掛けて蝉が泣き出した頃、ようやく諦めたように俺が、ごめんと言った。財前はやはり蒸発したのではないかと疑ってしまうほど長い間の後、いいえ。それだけを言った。
「財前、」
「別に、出てけとかそないなこと言わへんから安心してください」
俺は幼いから、お前の繋ぎ止め方をいつも模索している。
作品名:All on a summer's day 作家名:しょうこ