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きみのとなり

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本当は、電話を掛けるのだって憚られた。久しぶりだねってそれだけの台詞もうっとおしく感じる。それに、僕のほうが年上だから君はこんなことを云ったら怒るかな、と思った。おめでとう、なんて。



僕は結局電話を掛けなかった。その代わり、加賀の方からかかってきて、あのぶっきらぼうな声で

「 火曜日、19:00、会社の前で待ってろ 」

それだけ云うと切れてしまった。相変わらずだと思って携帯をしまうと、僕は煙草を取り出した。煙草は本当は好きじゃなかった。それでも吸っているのは今は習慣となってしまったからだ。加賀が中学の頃に吸っていたキャビンを今も僕は吸い続けている。要するに加賀のまねっこを未だに続けているのだ。あの頃は、ただひたすら加賀に追いつきたくてもがいて一人苦しんでいた。

加賀は、何処で僕が囲碁の新聞社に入社したと知ったんだろう。彼は、何処で火曜日だけは早く仕事が切り上げられることを知ったんだろう。加賀はきっとプロの棋士だから人脈があるんだろうね。僕だけが今の彼の事を何一つ知らないで、取り残された気分だよ。

あの頃僕が望んだきみのとなりは今も霞がかかって。



それでも僕は嬉しい。どっちの誕生日か忘れるくらい浮かれている。最後に会ったのは何時だろう。彼の赤い頭は思い出せる。だけど背格好は全く思い出せない。

火曜日はあっという間に訪れた。僕は早めに仕事を切り上げると同じデスクの同僚に誘われた居酒屋も断って足早に階段へと向かった。エレベーターは待ち時間が嫌で普段は使わない。それにあの狭い空間に誰か不特定多数の人間と一緒に居なければいけないことが耐えられなかった。

「筒井さん!」

階段への一歩を踏み出したところで僕は見知った声に呼び止められる。

「進藤君」

進藤君ははにかみながら僕の後ろへやってきた。今日もいつもと同じように扇子を持ち歩いている。その扇子は塔矢アキラから貰ったものだと聞いたが真相の程は確かではない。僕は急いでいたのも忘れ、笑顔で手を上げた。

「久しぶり。どーしたの?何だかすっごく嬉しそうだけど」
「え、そ、そうかな」

僕は慌てて顔を抑える。かーっと熱が上がってくるのが分かって赤面していることはすぐにわかった。進藤君はそれをニヤニヤと眺めている。

「これから、人と会うんだ。約束してるの」

取り繕った言葉は寧ろ墓穴を掘った気がした。進藤君のニヤニヤは更に厭らしいものになっていた。僕は今度こそ本当に真っ赤になった。そこでやっと進藤君は僕の前を歩き出した。

「ねえ、今から下に行くんでしょ?俺も一緒にいいかな」
「もちろん」

やっと落ち着きを取り戻した僕は笑った彼の後についていく。

進藤君は本当に成長した。僕が高校で加賀との生活を送っている間も、大学進学か就職か悩んでいるときも、本当に彼だけは真っ直ぐだった。僕は彼の院生時代の過去とかプロ試験合格後の過去は知らない。皆は大きなことだったらしいから知っているらしいけど、僕は進藤君がいつか僕にも話していいと思ってくれたら聞こうと思っている。

「本因坊惜しかったね」

僕がその話を出すと進藤君は苦笑いした。

「三次予選で惜しいも何もないよ、筒井さん」

そういった後、またいつものように塔矢アキラの話が出てきた。

「塔矢なんかリーグ戦まで勝ち残ったんだぜ。 俺って何か本番に弱いらしくてさ」

進藤君が塔矢アキラの話を四六時中しているのは僕たちの間でも有名だ。お互いにお互いをライバルと認め合っているらしく、話題が耐えない。でも僕にはもっと別な感情も見えた。例えば、愛情とか。しかしそれは口に出さないことにしている。きっとこの感情に気付いたらお互い傷つくことになると知っているからだ。僕と、加賀のように。

「大丈夫、進藤君なら次こそは、だよ」
「うん、俺頑張るよ」

安い気休めに進藤君も適当に相槌を打って、僕たちは棋院の出口まで来た。



其処には既に見知ったオートバイが見えていた。ヘルメットを脱いで不機嫌そうに煙草をふかしていた加賀は、僕と進藤君を見つけるなりにやりといやらしく笑った。進藤君はそんな数年ぶりの加賀の姿を見て思いっきり目を丸くしている。

「か、加賀・・!?」
「よう、坊主」

些か挑発的な加賀に危険を感じた僕は早めに彼に走り寄る。

「それじゃあ進藤君、僕はこれで」
「え、あ、筒井さん!?まさか約束って」
「そう、そのまさか」

ちょっと照れくさそうに笑いを返すと進藤君は更に不思議そうに目を開いた。加賀は僕の荷物を受け取ると、ヘルメットを投げて寄越して、乱暴に乗れ、とだけ云った。僕は大人しくそれに従い、ヘルメットを被って後ろに乗った。加賀がエンジンを吹かし始めると僕は進藤君に手を振った。出際にまた、と云ったがきっとこの爆音じゃあ聞こえなかっただろう。あとあと明日辺りが怖いな、とも思った。これだけの爆音だ。きっと明日は大目玉間違いなしだ。まったく、加賀は。

僕はミラー越しに小さくなる進藤君を見つめた。



「お前、あの餓鬼と仲がいいのか?」

乱暴な運転は変わらない。僕は加賀の背中に精一杯つかまるが、やっぱり振り落とされそうだ。そんな中加賀が呟いた小言など聞こえるはずがなく、僕は大声で聞き返す。

「え、何、聞こえない!」
「なんでもねえ!!」

意地になったように加賀も大声で返した。僕はそんな加賀に笑ってしまう。加賀もミラー越しに赤くなっていることが分かった。あーあ、拗ねちゃって。

「誕生日、おめでとう!!」

気付いたら絶対に云ったら怒られると思っていた言葉を口にしていた。一瞬まずい、と思ったが加賀は何も言わずにそのままでいた。僕はなあんだ、とちょっと気が抜けた。しかし、信号待ちですぐにオートバイは止まり、そのときに思いっきり怒鳴られた。

「馬鹿かお前は・・・!!」「あっはっは」

そんな子供臭い加賀にやっぱり僕は笑ってしまう。懐かしいなあ、と思う。こうやって二人乗りをしていると何一つ変わっていない気がするのだが。あの公園まで乗り飛ばしたことや、ガス欠で仕方なく押して歩いたことやそれら全てがまた何処かで起こりそうな気がしてしまう。

でも、僕たちはもうあの頃のようなイチ中学生では無くなってしまった。僕が望んだきみのとなりも君が望んだぼくのとなりも今となっては形も見えない。そもそも、多分僕たちはそんないい場所を中学三年の終わりに落としてきてしまったのだと思う。

もう、絶対にそこは見つからないと思う。中学生の頃に淡く夢見たお互いの居場所は何処にもなくなってしまった。君の誕生日の時の事を覚えていたとしても、それは幻でしかない。

信号が青にぱっと切り替わり僕たちはまた走り出す。

「何処に行くの?」
「何処がいい?」
「うーん、まあじゃあお台場」
「・・・お前なあ」

じゃあ、これならどうだろう。また、新しく、今度は社会人の僕が望んだきみのとなりと君が望んだぼくのとなりなら。これならまさしく現実だ。幻でも霞でも何でもない。落としてきてしまったものはもう再生できないけど、新しく定義を作って、また再出発なら、できるよね。なんで、僕は電話を掛けなかったんだろう。
作品名:きみのとなり 作家名:しょうこ